【2】 トリの唐揚げ
私たちは2人で交代しながら『トリ小屋』でのウリを続けている。
けど、それだけじゃ退屈だから、って、1週間に1回ずつ、1日休みの日を作るようにした。
今日は、ミズキがお休みの日。
だから私は、1日中窓際の側に座って、ぼんやりとコンクリートの廊下を眺めているしかない。
「お姉さん、いくら?」
「5000円。サオありだけど」
「高い。じゃあね」
思わず溜め息が漏れてしまう。
近頃、日に日に客の食いつきが悪くなっている気がする。
私は一生懸命やっているのに。
5000円っていう値段はミズキと決めたものだから、簡単には変えられない。
多少の交渉はアリだとしても。
それにしても、この待ち時間。私の一番苦手な時間。
お客さんさえ来てくれれば、学校で習った技で楽しませてあげられるのに。
手を使った技も、口を使った技も、学校での評価は決して悪いものではなかったし、実技は勉強よりもはるかに楽しくて、一生懸命やったから自信はある方だった。
「これさえ無ければ、こんな惨めな思いしなくてすんだのかな」
股の間をのぞき込みながら思わず口に出てしまった言葉。
私だって、進んでトリ小屋に来たわけじゃない。
でも、悔しいことにミズキの言う通り就職活動が全滅だっただけ。
「若い女性の代わりが欲しいのに、サオなんてあってどうするの?」
心無い面接官に直接言われたことだってある。
でも、この股下から垂れ下がるものは、唯一生まれたときから何も変わらない、私だけのもの。私が私である証。いくら補助金が出るから、ただでやりますから、って言われたって、やっぱりなくしてしまおうという気持ちにはなれない。
遥か昔、男性と女性が同数に近かったころ、いわゆる性転換者がもてはやされるような時代が一時あったらしい。砂に埋まっていた古代の図書館からは、何冊も性転換者が男性に弄ばれるような文献が見つかったとか。
けれど、女性の価値が著しく貴重なものになってしまった今は、男性器を好むのはほんの一部の好事家のみで、ほとんどの男性は目を背けるように私から逃げ去っていった。
最底辺のトリ小屋でウリをしている私は、複雑な心境でそれを受け入れ続けるしかない。
***
「たっだいまー!」
やけにニコニコとした顔で、銀色の髪をたなびかせながらミズキが家の扉を開ける。
青とピンクの混じったメッシュがキラキラと裸電球の光を跳ね返す。
「おかえり。どこまで行ってたの?」
トリ小屋での仕事を終えて部屋に戻っていた私は、薬のボトルを物色していたところだった。
「シンジュク。おかず買ってきたよ」
彼女がビニール袋を机に置くと、1冊の雑誌。意味不明な小さいサボテン。そして、香ばしい揚げ物の香りがふわりと舞い上がった。
「じゃーん。トリ、のから揚げです」
トリ、をわざわざ強調したところを私は聞き逃さなかった。
「何それ、悪い冗談?」
「シンジュクでさ、そこの若いお姉ちゃん、どう?トリ、のから揚げ、おいしいよってね!声かけられちゃって」
「で、若いって言われたから思わず買っちゃったっていう、そういうくだらない話?」
私が呆れたように言うと、彼女は不服そうに言い訳を始めた。
「違うよ!売れ残ったから、半額の半額でいいよって、激安にしてくれたんだよ」
若いからってね、と彼女は改めて付け足した。
「それでいくらだったの?」
「500円」
「たっか!普通の鶏肉の唐揚げだって500円じゃん」
「あれ、そうだっけ?」
と、彼女はもう会話が終わるのを待たないうちに、透明なパックから手づかみで口にから揚げを放り込んでいた。
「おいひい。でもちょっと——」
ミズキは怪訝そうに眉を寄せて考え込んでいる。
「なんか、鶏肉というより豚肉みたい」
「ふーん」
私はもう、彼女の食レポに興味をなくすと、ぱらぱらと彼女がついでに買ってきた雑誌に目を落とし始めた。『第三種』向けの専門誌。
トリ向けの美容やメイク、化粧品。
今、シブヤやシンジュクで流行りのファッションコーディネート。
アイドルのバックダンサーや、レストランのウエイトレス、夜の店のホステスやキャストの求人情報。
ごくごく見慣れた見出しが並ぶ中で一点だけ奇怪なものがあった。
「余計なものを削ぎ落し、さらに新しい美の世界へ」
思わずページを開くと中には、ばっちりとメイクされた美しいトリのモデルが、妖艶なポーズを取ってでかでかと掲載されていた。
ただし、彼女たちの身体はどこかアンバランスで――
何かが足りなかった。
スパンコールで光鮮やかに彩られたどのモデルの体からも、片腕や片足がぽっかりと欠落していた。
私はあまりの衝撃に、美しさに、思わず息をのみ、身動きを取ることができなくなった。
「何……この体」
声にならない言葉が喉の奥でだけぎゅうと搾りだされる。
記事を少し読んだ限りでは、生まれつきのものではなく、本人の意思によって手術を受けてこの体にしたらしい。一体なんのために?
病気や、ケガが原因なのだろうか。
それとも、借金やノルマの未達成か、何かそれをせざるを得ないような状況に追い込まれてしまったのだろうか。
ただ、それにしては、彼女達の表情は自信に満ち溢れていて、まるで自分の身体がそうあることに心底満足しているような、そんな印象を受けた。
「アサミ、アンプテに興味あるの?」
ミズキが急に声をかけてきて、思わず私はびくっと体を震わせてしまった。
「アンプテ……?」
聞きなれない単語に思わず聞き返す。
「そう、シンジュクで最近流行ってるんだって。手足を切り落とす手術、アンプテ。手足を切ったトリ、少しずつ増えてるらしいよ」
唐揚げをほおばりながらミズキはもごもごと答える。
あまりにも恐ろしい写真、そして恍惚としていたモデルの表情、部屋中に漂う油の匂い。
私の胸は焼けつくような不快感を覚えた。
「から揚げ、全部食べていいよ」とミズキの方に押し出すと、黄緑色のボトルから2錠、薬を取り出して、一気に飲み込んだ。
そして、あとはもう薬の作用に身を任せることにした。
視界が少しずつ狭くなり、思考がどんどんと奪われていく。身体からぶら下がる手や足が鉛のように重くなっていき、体全体が重力に抗えなくなる。
やがてどたり、とカーペットに倒れこむとそのまま静かに意識は沈んでいった。
***
次の日。
「んはぁ……あぁ……おっきいい……」
横になった男性の上に私は跨るような姿勢になって、彼のものを深々と味わっていた。
それは人一倍大きく、お腹の中を強く圧迫すると同時に、何度も何度も私の一番気持ちいいところ……へその裏側を体内から直撃し、そのたびに光が飛ぶような刺激を受けた。
「んあっ!また当たる……」
私はぐりぐりと彼のものを押し付ける。
快楽が全身に波のように広がり、幸福感に包まれていく。
やがて、彼は突き刺すように私の腰を強く引くと——震える感触と共に熱いものが流れ込んできた。
私も漏れるような体液を搾りだしながら、肩で大きく息をして余韻を味わっていた。
「アサミちゃん、とっても良かった。サオある人と初めて遊んだけど、ちょっと癖になりそうだね」
彼は、とても満足気に声をかけてくれた。
「良かったです……ありがとうございました」
私は、震える体で涙目のまんま、なんとか返事をする。
「僕、普段はシンジュクなんだけどさ、シブヤにも面白い子がいるもんだね」
彼の何気ない一言に、私は思わず反応してしまった。
「シンジュク、よくいかれるんですか?」
「ああ、結構行くかもね。週に1,2回は」
「アンプテって知ってます?」
彼は、少しだけ目つきを鋭くすると、声色を高くして話し始めた。
「ああ、大分前に一回だけ遊んだけど、あれはすごいね。感動しちゃった」
彼はテンションを高くしたまま続けて話す。
「また、遊びたいと思っているんだけど、あまりの人気の高さにビックリするくらい値段が上がっちゃって。もう一部のアンプテしたトリ達は完全に高嶺の花だよ」
「そう……ですか」
それから彼はアンプテした彼女達の魅力について、私の返事が曖昧になっていったのにも関わらず10分以上語り続けた。
帰り支度を終え、部屋から出ていった彼を笑顔で見送ると、私の心の中には濁った曇り空のようなどんよりとした気持ちが覆いかぶさってきた。
昨日、見てしまった片腕や片足の無いモデル。彼女達の自信に満ち溢れた顔。
すごいね、感動しちゃった、という彼の言葉。高嶺の花、という最大級といってもいい賛辞。
私と彼女達とは、何が違うのだろう。
同じトリなのに。
余計なものがぶら下がったままの私と、必要なものを切り落とした彼ら。
憧れのような、嫉妬のような複雑な気持ちは、ますます渦を巻いていくばかりだった。
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