二九くんは、喋れない!
小阪ノリタカ
第1話 二九くんは、喋れない!
今日は朝から、妙な緊張感が漂っていた。
それは――新しいクラスメイト、いわゆる「転校生」がやって来る。
それだけで、クラスのみんなはどこか落ち着かず、終始ソワソワ。
「……はーい、静かにー。今日は皆さんに転校生の二九くんを紹介しまーす。」
担任が教卓の前に立って、転校生の二九くんの紹介をはじめる。
担任の隣に立つ、一人の男子生徒こと、転校生の二九くん。
すると、二九くんは急に黒板の方に向きを変えて、自身の名前「…二九(ふたく)です。よろしくお願いします」を黒板に書く。
二九くんが黒板に名前を書いた直後、担任が補足をする。
「一点、言い忘れていた、申し訳ない。二九くんは、少し事情があって声を発することが出来ない。だから、話す代わりに筆談や手話・ジェスチャーなどでコミュニケーションを取る。だから、ときどき二九くんを助けてやってくれ」
クラスが一瞬静まり返る。
だが、二九くんは、ニコッと笑ってみんなに深く礼をした。
二九くんのその笑顔で「あ、二九くんは絶対いい子だ」と分かる。
「…じゃあ、二九くんの席は――星野さんの隣の席が空いているから、そこに座ってくれ!星野さん、手を挙げてや――」
「…えっ!?あ、はいっ!」
急に名前を呼ばれたことでビックリして慌てて席を立ち上がる星野さん。その瞬間、バランスを崩した星野さんは転びそうになった。
「キャッ――」
ドサッ!
教室内が凍りつく中、即座に動いたのが転校生の二九くん。反射的に星野さんの腕を支えて、大丈夫だった?怪我していない?と心配そうな目で問いかける。
「あ、ありがとう……その、助かったよ!」
顔を真っ赤に染めながら、星野さんが立ち上がると、二九くんは「気にしないで」と言うように微笑んで、自分の席に座る。
(……あー!やっちゃった…!初対面でコケるなんて……)
星野さんは、内心恥ずかしいところを見せてしまったことで真っ青。
しかしその直後、机の上に一枚のメモがあった。
『星野さん、無事でよかった!あと、さっきは急に驚かせてしまって、本当にごめんなさい!』
この一枚のメモを見た瞬間、星野さんの胸が「ドクン」と跳ねた。
二九くんは、こんなに優しくて、明るくて、気遣いも出来て――喋ることが出来なくても、二九くんの気持ちが真っ直ぐ伝わってくる。
その後も、星野さんがプリントなどを落としてしまったり、机や椅子の角にぶつかったり、ことあるごとに二九くんの「…大丈夫?」的なジェスチャーを引き出す。
「私、ホントにドジで……二九くんには毎回心配かけてごめん!」
星野さんが謝る度に、二九くんは肩をすくめてニッコリと笑う。
――まるで出会う前から、ツッコミ役の二九くん、ドジでおっちょこちょい役の星野さんと最初から決まっていたみたいに。
そして、気がつけば、周りのクラスメイトも自然に二九くんを受け入れて、ときに助け舟を出したりするなど協力してくれるようになっていた。
二九くんのポジティブさとなんとも言えない空気のやわらかさは、喋れないという事情よりも、二九くんの人柄の良さを伝えてしまう。
そして星野さんは、ふと気づく。
(……二九くんと一緒なら、なんか楽しくなりそうな気がする!)
二九くんの笑顔を見ているだけで、自分のドジも肯定された気がした。
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