Ep05.新庄綾芽ー02 掲示板

 私立白霊はくれい学園から電車で三駅。周辺には女子大も多く、一人暮らしの女性にも安心なオートロック完備の学生マンションも多い地域。両親を亡くした綾芽の境遇をよく知る叔父叔母が、安全に安心して学園に通えるようにとマンションの一室を手配してくれたのだ。


 小町は旅行鞄に荷物を詰め込み、綾芽と一緒に来ていた。途中駅近くのスーパーで食材を買い込む。


「小町、嫌いな食べ物とかある?」

「……えっと…………マン」


「え?」

「ピーマン」


 綾芽から僅かに視線を逸らし、モジモジさせながら小声で答える眼鏡女子の姿に思わず笑みが零れる綾芽。


「ふふっ。ピーマンね、了解」


 少し子供っぽい、可愛いところもあるんだなと綾芽は思う。音楽教師の詩先生にメイクしてもらったならきっと原石は磨かれて、宝石のように煌めくんじゃないかとも。


 この日は結局、無難なところでカレーの材料を買い込み、自宅のマンションへと到着する綾芽。女子高生が一人暮らしで住んでいるとは思えないくらい、大きな十三階建てのマンションを見上げ、小町が暫く呆けていると……。


「ほら、小町。行くよ」

「え、あ。うん」


 綾芽に手を引っ張られ、オートロックの中へと連れて行かれる小町。エレベーターは十二階の表示。そのまま黒く塗られた扉を開くと、1LDKの凄く片付いた部屋が眼前に広がった。


「凄く広い」

「叔父さんが奮発してくれたみたいなんだけど、女子高生の一人暮らしには勿体ない広さよね。そこのソファーあたりで適当にくつろいでいて。カレー作るから!」


 今迄も一人で色々こなして来たのだろう。綾芽はこの歳とは思えないくらい仕事が早かった。ソファーに座っていても手持無沙汰になるだけだったので、小町も料理を手伝おうとしたのだが……じゃがいもの皮を剥いたところ、食べる部分が半分以下になってしまったため、綾芽の料理さばきを見学する事にした。

 

 制服のシャツにエプロン姿の綾芽。じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉、舞茸。具材はとてもシンプルだが、カレーを煮込んでいる間に手早くシーチキンサラダを完成させ、カレーの隠し味に小町が見た事のない香辛料スパイスを加えている様子は、さながらベテランの主婦かプロの料理人の料理捌きそれだった。


「甘いのが好きならすりおろした林檎と蜂蜜も少し加えるけど、どうする?」

「えっと、お願いします」


 こうして綾芽特製カレーが完成する。辛口のルーへ敢えて林檎と蜂蜜を加える事で、辛さと旨味を調節しているらしい。シーチキンサラダにはゆで卵、カレーに福神漬けを添えてある。小町は心の中で思う。綾芽のようなお嫁さんが欲しいと。


「よし、冷めないうちに食べよ。いただきます」

「いただきます」


 カレーをひと口、口に含む小町。口の中に香辛料の辛みとその後に広がる林檎や蜂蜜の甘味。じっくり煮込んだ事で溶け込んだ牛の脂身による旨味成分。素朴な家庭の味には幸せがいっぱい詰まっていた。


「美味しい?」

「うん、美味しい!」

 

 綾芽もこうして誰かと一緒に晩御飯を食べるのは久し振りだった。長期休みに叔父叔母の家へ帰る事はあったものの、自分で作った料理を誰かに食べてもらう機会は中々ないもので、美味しいと言ってくれる相手が目の前に居ることで、綾芽は幸せを噛み締める。


 それは小町も一緒で、団欒という言葉とは無縁の環境で過ごしていた彼女にとって、本来家での食事は苦痛でしかなかった。こうして誰かと笑顔で食事をする事自体が彼女にとって希有な出来事で。カレーの味を噛み締めながら、彼女は改めて生きている事を実感するのだった。


「よかった。美味しいって言って貰えて!」

「綾芽ちゃん、いいお嫁さんになるよ」

「もう、そんなに褒めても何も出ないよ?」

「私……、綾芽ちゃんの料理なら毎日食べられるもん」

「ありがとう、小町」


 結局、小町も綾芽もカレーをおかわりし、掲示板の事を調べる前に、お風呂へ入る事となった。冗談交じりで『一緒に入る?』と綾芽が小町に尋ねると、顔を真っ赤にした小町が全力で首を横に振っていた。そんな小町の反応を楽しみつつ、結局交代でお風呂に入る綾芽と小町なのである。


「ごめんねー、私のパジャマ少し大きいかな?」

「大丈夫、いい香りがする」

「それ、柔軟剤の香り」

「綾芽ちゃんの香りということにしとく」

「はいはい」


 お風呂あがり、スーパーで買ったカップアイスをデザートに、ソファーへと座る二人。綾芽は少し安心していた。横に座っている女の子は、今日飛び降り自殺を決行した女の子なのだ。口数は少なくとも、最初に話した時よりも表情が柔らかくなったように見えていた。


 綾芽はノートパソコンを取り出し、小町のスマホにあった掲示板のURLをPCへ入力する。『白霊Labハクレイラボ』と掲示板のタイトルが表示される。左側のバーにメニューが表示されており、そこをクリックすると話題別の掲示板へ飛べる仕組みになっているらしい。


 それなら学生専用にならないのではと思う綾芽だったが、記事書き込みとコメントはログインしないと出来ない仕組みらしいと小町が補足してくれた。


「あれ? でも小町って掲示板使ったことないんじゃ?」

「ううん。使ったことはあるよ。ログインは学生番号と、スマホの電話番号と二段階認証になっているから本人以外がログインしようとしても出来ない仕組みなんだ」


 どうやら小町は掲示板を使った事があるらしい。図書室では自身のスマホに掲示板のブックマークが入っている事に疑問を抱いていた彼女。綾芽は不思議に思うのだが、そこを追及しても仕方がないので先に進む事にした。


「何々? 『【おばちゃんの】学食の人気メニューランキング【大盛サービス】』に『【教科別】学年別期末テストの出題予想【学年別】』。『【水星】イケメン四天王について語ろうぜ?【影虎】』『【詩vs麗香】学校の先生人気ランキング【女の戦い】』だって? 凄いねぇ~。みんなこんなところでこんなこと話してるんだねぇ~?」


 掲示板という文化に触れた事のなかった綾芽は素直に感心する。綾芽なら、テスト問題を予想している時間があったら授業の復習をして自分で勉強しようと考えるのである。そして、スレッドと呼ばれるカテゴリ別に掲示板の各タイトルが並んでいるところから、問題のスレッドがどこにあるのかを探していく。『学校の噂話』というタイトルのスレッドから、各掲示板のタイトルを調べていくと……。


「あった! これだ!」

「本当だ、『【イケメン】白霊はくれいの死神目撃情報【ウワサ】』」


 小町がPC画面を覗き込み、綾芽と掲示板のタイトルを読み合わせる。中身を見てみると、以前、綾芽へクラスメイトの美空が話していた噂話とほぼ同じ内容が目に入って来る。


 『死神の鎌を持ってそいつは満月の夜に現れる』といった、明らかに偽物っぽい情報から、『死神は魔術師のような格好をしたイケメンに遭った』という綾芽達が見た夜嵐黒人の姿と酷似した内容まで様々。だが、少し見ただけでは、目撃時間、場所も様々でこれといった共通点を見つける事は出来ない。


 しかし、掲示板を見ていく内に綾芽と小町は一つの疑念に辿り着く。そう、その疑念は……。


「ねぇ、どうしてみんな〝夜嵐黒人よあらしくろと〟って名前を知らないんだろう?」

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