1224 / side boys

月波結

第1話 1224

ヤロー同士でクリスマスとかないだろ」


 え、ちょっと待ってよと、一瞬時間が止まった。

 ひいらぎが、杏平きょうへいの言葉に続く。


「あーあ、お前、サイテーだな。自分の彼氏・・の目の前で、そんなこと言う?」

「そうだよ、雑い杏平にとってはそうでも、繊細なじゅんは違うんじゃないの?」


 みんなの目が、一斉に僕を見る。

 こういうのはあんまり得意じゃない。杏平の影に隠れてしまいたくなる。

 意見を求められても、上手い言葉を返す自信がない。


「だってよー、姉ちゃんが『杏平にはクリスマス、一緒に過ごす子なんていないんでしょ?(くすっ)』なんて言うんだよ! くすってなんだよ。大きい声で言ってやりたかったよ。そうじゃねぇんだって」

「准が男だから問題ってこと?」


 僕は膝の上にあった手を、ギュッと握りしめた。問題じゃない理由なんて、ひとつもない。

 問題だらけだ、男同士なんて。


「付き合ってるの!」と惚気ける女の子たちと違って、僕たちにはカミングアウトという儀式が待っている。幸い仲のいい柊と鹿島かしまはすぐに受け入れてくれたけど、そういうのがまだまだ一般的じゃないのは確かだ。


 腕を組んでクリスマスの街を歩くなんて、とても考えられない。

 180センチの杏平と、168センチの僕の身長差は12センチ。せっかくの”キスするのに丁度いい身長差”が、役に立つことはあまりない。


 確かに、クリスマスの明るい街並みを歩けるような仲じゃないのはわかってるけど、ちょっと、残念。

 僕は欲張りなのかもしれない。


「あー、もう変なこと言うなよ! 准がおかしな顔してるじゃんか。お前ら、准の気持ちも考えて発言しろよ」


 杏平が僕を庇うように、肩に手を回して引き寄せる。

 ドキッとする。そういう男らしい行動に、僕の鼓動はいちいち反応してしまう。


「元凶はお前」

「クリスマスには、とにかく会うところから始めるんだな。デートコースに自信がないなら、相談には乗ってやる」


 昼休みが終わる予鈴が鳴って、みんなそれぞれの席に戻っていく。杏平だけが、心配そうな目で僕を振り返った。

 手は振らない。おかしなふたりだと思われたらいけないから。


 ◇


 杏平が、生徒会の都合で帰りが遅くなるという日、僕は一駅、電車に乗って買い物に出かけた。

 杏平にはクリスマスは不必要なのかもしれないけど、僕はそれを口実に、杏平にプレゼントをあげたい。

 いつも良くしてくれるお礼だ。


 ぶらっと入ったPLAZAで、何かないか物色する。

 と言っても女の子のコスメばかりで居心地が悪い。

 間違った店に入ったかな、と思ったところで、目に付いたものに吸い寄せられる。

 ⋯⋯これはいいかもしれない。

 高価すぎないし、確か杏平は持ってないはず。


 レジに向かって、ラッピングをお願いする。そわそわする。不思議な浮遊感。

 綺麗にラッピングされたそれは、いかにもクリスマスプレゼント、という形になった。


『なぁ、准、この前は悪かったよ』

『なんのこと?』


 次のメッセージがやって来るまで、少し間が空いた。何でもできそうに見えて、杏平は意外と不器用だ。


『イブの日、もう予定ある?』


 ドキン、と胸が強く鼓動を打った。


『なんにも。お母さんに夕方、予約してるケーキを取りに行ってほしいって言われてるくらい』

『じゃあ、夕方会わない? 俺も一日暇だから。ケーキはお母さんに取りに行ってもらって』

『うん』


 ――うん。気軽に答えてしまった。

 指が勝手にそう動いた。まるで自動書記みたいに。

 ドキドキしながら返事を待つ。

 ガサッと用意したプレゼントが音を立てた気がした。

 会う約束ができなかったら、他の日になっちゃっても渡そうと思ってた。


『じゃあ⋯⋯』


 スマホを持ったまま、ベッドに仰向けに倒れる。

「やったー!」と叫び出したい気持ちをぐっと堪えて、スマホの真っ暗な画面を覗き込む。

 何も映ってないそこに、さっきの杏平からのメッセージが浮かんでるような気がした。


 ”じゃあ、夕方会わない?”なんて、いつもと同じセリフなのに、こんなにうれしいなんて!


 その夜はなかなか寝付けなかった。


 ◇


「すげー人だな」


 駅前に立てられたツリーには、赤や金の輝くボールがたくさん下げられていて、街中を明るく照らしているように見えた。

 12月の空は6時には真っ暗で、イルミネーションがその闇を消し去るように映える。

 ざわざわと揺れる人波は、風船を束ねたように見えた。


「杏平、こういうところ、苦手じゃない?」

「まぁ、どちらかと言うと」

「裏にある公園に回ろうか」

「その前に、コーヒーでも買っていこう」


 コンビニでホットのカフェオレを2本買って、ガード下を通ると、さっきの騒がしさは引き潮のように去って行った。


「お前さ、本当はもっと賑やかなところに行きたかったんじゃねぇの?」

「いや、僕は別にそういうのは⋯⋯」

「無理してないか?」

「してないよ。杏平こそどうなの? クリスマスなんて⋯⋯って言ってたじゃん」


 俯いた杏平の表情が見えない。

 いつもは僕たちの間にない、目に見えない沈黙が漂っていた。

 浮かれていた心が、急に萎む。


「あんな言い方して悪かった。お前がそういうの、大事にしてるって、俺が一番わかってたのに」

「杏平がそんな風に謝ることないって」

「傷付けただろう、きっと。俺、お前のこと、大事にしたいんだよ」


 杏平⋯⋯と口元まで出かけていた声は、12月の空気で冷やされた唇をふさがれて、出てくることはなかった。代わりに、ため息が漏れた。


「あのさ、僕はしあわせだけど。こんなに大事にされてて。だからお返ししたくて、今日はこれを渡したかったんだよ。大したものじゃないんだけど」

「俺も、持ってきた」


 ええっと驚いてる間に、金色のリボンをかけられた包みを渡されて、顔が熱くなる。


「開けるぞ」

「うん」


 ガサガサとリボンを解いて袋を開けると⋯⋯、杏平は吹き出した。


「ふたりで同じプレゼントを用意するなんて、仲良しだろ、俺たち」

「⋯⋯僕もビックリした」


 そこには違うデザインの手袋が、ふたつあった。


「Championじゃん。高かったんじゃないの?」

「杏平はスポーツブランドが好きかと思って。僕のは中がふわふわですごく暖かいよ」

「お前の指先、冷えてることが多いからな」


 目と目が合って、ふっとふたり揃って笑ってしまう。こんなことがあるなんて、小さな奇跡だ。


「だけどさ、俺と一緒の時は、片方しまっておけよ」

「え?」

「お前の手を温めるのは、俺の仕事だから」


 駅前の大時計の鐘がなる。

 その音が、線路向こうから聴こえてくる。


「甘すぎるかもしれない」

「じゃあケーキは食べられないな」

「ケーキ? 食べるの? 一緒に?」

「どこも混んでたけど、俺と一緒に並んでくれる?」


 よっこいしょ、とわざとらしく言って杏平は立ち上がると、僕に向かって手を差し出した。

 その手をしっかり握って、僕も立ち上がる。


「手袋は片方だけでいい」

「人前だよ?」

「関係ねぇよ、そんなの。クリスマスなんだしさ。街中が浮かれてるんだ、俺たちが浮かれちゃいけないってことはないだろう?」


 人混みに向かって、駅前を目指す。

 その時、僕たちの手は、確かに繋がれていた。

 手袋は片方でいいと、その手が雄弁に語っていた。


(了)



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