第十八話 正義と悪と、爆炎と
ユリシアが杖を掲げると、水晶に魔力が集まり、まるで星々の残響が一点に収束するかのように眩しく光を放っている。
海は凍てついたように波打つことを止め、嵐は息を潜め、空を覆う雲でさえも動きを忘れた。
その瞬間、船上にいた者すべての視線は、彼女の杖に自然と吸い寄せられた。
圧倒的な魔力が世界を包み込み、天地そのものが彼女の味方をしているかのように、フィンには見えた。
「勇者様!! 刃姫様を抱えてその船から飛び降りて!!!」
「みなさんも!!! 早く!!!」
彼らが船の上にいてはまずいと、フィンは本能的に察した。
気づいたら、声を出していた。
逃げろと叫んでいた。
敵か味方かすらも関係なく。
ただ、あれを食らえば、誰も生きてはいられない。
もしかすると、魔王ですらも。
そう感じさせた。
目をつぶり、魔力をためていたユリシアが、息を大きく吸って、目を見開いた。
そして──。
「《ノア・エクスプロシオ》」
彼女がそう詠唱をした瞬間、
一瞬だけ時が止まったような感覚を覚え、その後すぐに、レオ達が戦っていた船が、爆発に吞まれた。
爆発の際に生じた、衝撃波によって、あれだけ怒りをあらわにしていた空が、青を取り戻した。
フィンも、リューも、ブラガンも、海に飛び込んだレオもツバキも、海賊たちも、船酔いしていたリオでさえも。
ユリシアを除いた、その場にいたすべての者が、鼻水を垂らし、目が飛び出し、顎が外れているのかと思うほど、みなが同じような顔で、驚愕していた。
なにが、適正属性がないから、属性魔法が使えない、だ。
こんなものが使えるなら、もう、属性魔法なんていらないじゃないか。
誰もが、そう思っていた。
そして、ブラガンの足元では、激しい揺れにより飛ばされてきた例の真珠が、甲板の上をコロコロと音を立てて転がっていた。
この真珠、あの爆発を食らっても生きてるなんて、やるじゃないか。
その後、海賊たちは、簡単に捕まえることができた。
なぜなら、奴らは全員、ユリシアの魔法で腰を抜かして、動けなくなっていたからだ。
たった一人、グラードを除いて。
しかし、グラードも、反抗することはなく、縄で縛られることをすぐに受け入れた。
なぜ反抗しないのかレオが聞いてみたところ、「あんな魔法を見せつけられたら、そりゃ誰でも素直に従うだろうよ」と、なぜかグラードは自信満々に言っていた。
このあと、フィンたちは、海賊たちを全員、リューの船に乗せて、カイレアへと帰った。
カイレアへと帰る途中、ブラガンが、グラードになぜ海賊になったのか問い詰めていた。
どうやら話を聞いたところ、彼らは、もともとは、とある国の国民たちであったらしい。
グラードは、その国の元騎士団長だったそうだ。
しかし、グラードたちの国は、ある国との戦争に負けて、消滅してしまった。
ある国とはもちろん、エレジアである。
エレジアは、侵略して領土を大きくしていった国なのだ。
ということは、侵略された国ももちろん存在する。
不運にも、グラードたちは、その侵略された側の人々だったということだ。
彼らは、エレジアに故郷を奪われていたのである。
幸い、彼らの国は、海の近くに位置する国であったため、国が船を保有していた。
その船に乗って川を下り、海へ出て逃げ延びてきた者たちが、彼らなのだ。
エレジアの人権もない彼らにとっては、海賊として生きる道しかなかったのだという。
ああ、そういうことだったんですね。
だから、グラードさんは、騎士くずれのような恰好をしていたんですね。
フィンは、彼の鎧はなく、楔帷子のみを着ている格好に、納得がいった。
鎖帷子とは、騎士たちが、鎧の下に着ている、防御性能を持ったアンダーウェアのようなものである。
しかし彼らも、今は海賊でも、元は、普通の民である。
そのため、人を襲ったり、命を奪ったりする、人道に反するような行為は、一度もしていないという。
彼らは、生きるために、カイレアやほかの海近くの村などから、必要な物資を奪って生きていたのだ。
決して、快楽や残虐目的で海賊になったわけではなかったんだ。
そう語っていた。
「ああ、だから、おめぇらは、俺たちの顔を見たら、すぐ逃げだしてたわけか」
彼らから、恨みを持つようなことをされたことがないからなのか、ただ単に器がでかいからなのか、ブラガンはこの話を聞いて、ただ納得していた。
この話を聞いて、彼らを疑う者は誰もいなかった。
彼らのような者たちがいつこうなってもおかしくないと想像できる状況であったことを知っていたのもあるが、そもそも、彼らのこれまでの行動と、この時に話した彼らの発言のつじつまが合っていたからである。
フィンは、彼らの話を聞いて、グラード・クロウという名前に聞き覚えがあったのは、師匠から、名前を聞いたことがあったからだということに気づいていた。
そして最後に、グラードはこう言った。
「俺だけの首で勘弁してくれねぇか」
と。
するとブラガンは笑って、
「何言ってんだ。お前も一緒にうちの町で面倒見てやる!!」
「その代わり、ちゃんと働けよ!! 町のみんなには、俺から説明しといてやる!!」
と言った。
すると、グラードは、感謝を伝えきる間もなく、涙を流していた。
おそらく、相当な覚悟を持って、ここまで彼らを一人で守ってきたのだろう。
自分が守らなくても彼らが普通に生活できるようになった安心からか、それとも、ここまでの辛かったことを思い出してか、この涙の本当の意味はグラード以外分からないが、少なくともフィンには、グラードがどこまでも優しい男だというのが理解できた。
今回の件は、フィンたちに、正義とは何か、悪とは何かを考えさせる機会となったことだろう。
そして、今回の件を通じて、フィンが、ユリシアに、やむを得ない場合を除き、《ノア・エクスプロジオ》の使用を禁止したこととなったのは、秘密のお話である。
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