第三話 謁見の間

ただの案内人の求人に応募してきただけの平民が、王城の客間に案内されるなんて──そんなことあるんでしょうか。

それとも、それだけの待遇を受けるに足る、特別な任務が勇者御一行様に課されているということでしょうか。


そんな不安にも似た疑問が、フィンの思考を支配していた。

しかし、答えなど出るはずもなく、客間に来てから半刻が経とうとしていた時、

━━コンコン━━


「失礼いたします」


先程ここまで案内してくれた侍女が入ってきた。


「準備が出来ましたので、こちらへ」


……へ?準備?


そんな疑問など口に出す暇もなく、強引に連れ出される。


「え、ちょっと、どういうことですか」

「あのおおおおぉぉぉぉ!!!!!」


心の準備をする暇もなく、案内されたのは、おそらく『謁見の間』に繋がるであろう扉の前であった。


「それでは、こちらへ。謁見の間へ案内致します」


銀の胸甲を着けた騎士が一歩前へ出て重厚な扉の前でそう告げた。

彼がもう一人の衛士に目を合わせると、扉の前に立つ銀装の衛士が、厳かに言った。


「これより、謁見を執り行う!」


重厚な両扉が、軋む音をもって、しかし確かな威圧をもって押し開かれていく。


高く聳える天井に、磨きあげられた大理石の床。

天窓から降り注ぐ陽光が、赤絨毯に長い影を落とす。

その絨毯は一直線に、玉座の間まで続いていた。


フィンは案内の騎士の一歩後ろを歩きながら、気づけば背筋を伸ばしていた。

空間の広がりと共に、無数の視線を感じる。

ひそひそとした声が耳に届く。

衛士たちのものか、それとも王侯貴族たちのものか。

平民の珍しさゆえなのか、それとも何か悪意のあるものなのか。

いずれにしても、明らかに自分へ向けられているその全てがどれも、平民の彼には重かった。

だが、足は止めなかった。

やがて、玉座の前に辿り着くと、騎士は足を止め、一度フィンの方へ視線を向けてから、再び王の方へ向き直り静かに一礼する。


「こちら、勇者御一行様の案内係の志願者にございます」


その言葉を皮切りに、フィンは膝をつき、視線を伏せた。

目の前には、王がいる。

平民が普通に生活していたら顔すらも見ることがない存在──大陸最大の王国、エレジアの王が。


「名はなんと申す」


「は、はっ……フィンと申しますっ」


緊張で喉がひときわ乾いたのを感じながらも、フィンは何とか名乗った。

玉座に座す王の前で、自分の声がやけに小さく響いた気がした。


「そう緊張せずともよい」


平民にすら気を配るその言葉に、フィンはかの王を名君であると実感させられた。


「それで、用件を申してみよ」


フィンが落ち着きを取り戻したのを察してか、王は穏やかにそう告げた。


「は。勇者御一行様の案内係を募集していると耳にし、志願のため参上いたしました」


その言葉を聞いた王はただ一言、


「ほう」


王の反応に、フィンが、もう決まってましたか、そう察した、その瞬間。


「採用」


「え?」


フィンは驚きのあまり、視線を王に向けると──


……笑っていた。

しかも右手をグッドマークのハンドサインにして。


は?

なんなんですかこの人。


思わずフィンも呼ばわりである。

もちろん、心の中で、だが。


「え、あの、経歴とかは……?」


「経歴?そもそも志願者がゼロなのにそんなこと言ってられんわい」

「第一、勇者パーティの案内係に自分から志願するやつが案内できないわけないじゃろ」


まあ、王の言う事もド正論である。

しかし、フィンは少し引いていた。


「しかしフィンよ、志願したからには目的を果たすまで、この役を投げ出すことは許さんぞ」


「は」


あ。


急に威厳を出す王にフィンは思わず、返事をしてしまった。


「よし。言ったぞい。あやつ返事したぞい」

「あんな自殺よりも死ぬかもしれない任務よく引き受けてくれたわい」


そう言いながら、王はスキップしながら奥の部屋へ行くのだった。


「え?」


フィンはそう言葉を漏らしながら、案内してくれた騎士の方を見ると、目をそらされた。

誰を見ても皆、目を逸らす。


「はああああぁぁぁっ!?」


フィンは、そんなキャラじゃないのにも関わらず、声を荒らげるのだった。


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【キャラクター紹介】

■セリカ

・年齢:5歳(人間でいうと24、5歳くらい)

・性別:メス

・種族:馬

・出身:エレジアの外れのどこかの村


子馬の頃、その美しい毛並みに師匠が惚れ込んで買い取られた。

ベージュの毛並みに、黄緑がかったたてがみがチャームポイント。


いつも引っ張っている荷馬車は、相棒・フィンが丁寧に手入れしており、軋みも少なく静かに動く。

後方には小さなランタンが吊るされ、夜道も安心。


野生を忘れた、気高き牝馬は、今日もマイペースにどこかで草を食んでいる。

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