第二話 白亜の王城ファステリア

そういえば、勇者パーティの案内とは、どこまで案内すればいいんでしょうか。


フィンは、荷馬車を走らせながら、そんな疑問を頭に浮かべる。

例の張り紙にも細かいことは何も書いていなかった。


咄嗟に馬車を出して王城に向かってみたのは良いものの、ほんとにこれで良かったのでしょうか。


勇者といえば、世界を救う存在だとまことしやかに語られる、伝説の英雄である。

遠い過去に実際にいたとされ、現在でも信仰している国があるという、かの三英雄よりも現実味のない存在だ。

そんな勇者のパーティが、新しく結成されるなんて、「魔王」の封印でも解けたのだろうか。

もしかしたら、小さい頃に嫌という程聞かされた、あの『封魔譚』の、世界を滅ぼしかけたと言われる、恐るべき「魔王」が復活しているかもしれない。

そう考えただけ、フィンは毛の逆立ちが収まらなかった。


よし、こんなこと、考えるのはやめましょう。

どうせ、どこかになにか強い魔物が現れたか、最近大きな遺跡が見つかったからそこの調査のために、とかそういう理由に違いありません。

わざわざ勇者っていう地位まで作ったのは、貴族に手柄をあげられたら、国内での発言力が高まっちゃうから、とかそういうくだらない理由でしょう。

うん、絶対そうです。

ああもう本当に、嫌になります。

その程度のことで国民を利用するとは、はあ。


フィンは、無意識に強張った肩をほぐし、深く息を吐いた。


そんなことを考えているうちに、気づけば、白い高壁が目の前にそびえ、金色の紋章旗が風にはためいていた。


おお、高い。

よく考えてみると、この王都ゼストスで育ったというのに、ファステリア城をこんな近くで見たことはなかったかもしれません。

たしか、もう少し進むと城門があったはずですが──。


フィンは、セリカに速度を落とすよう声をかけ、ゆっくりと進む。

王城ファステリアは、商業区を抜けた先、貴族街の中央を貫く大通りを進んだ突き当たりにある。

貴族街には王城に仕える多くの貴族が暮らし、大通りの両脇には彼ら御用達の高級店が軒を連ねている。

大通りをさらに進むと、中心に噴水を置いた広場へと繋がる。

この噴水を中心とした広場は全部で六つあり、王城はその六つの広場の中央にそびえている。

つまり、王都ゼストスは、王城ファステリアを中心として、その外側に貴族街、さらに外に商業区、最も外側に市民街がクモの巣状に広がっているという構造だ。

今、フィンがいるのはその広場のひとつであり、正面には、王城を囲む白い外壁が堂々とそびえていた。

この壁の向こうに、王族や貴族のいる別世界が広がっているのだ。


城門の前まで来ると、二人の騎士が門番をしていた。

彼らはフィンを見ると、声を揃えて問いかける。


「「何者であるか」」


フィンは一度荷馬車から降りて、


「フィンです。旅商人をしております」


「「何用であるか」」


「この貼り紙を見まして。勇者様の案内役に志願しようかと」


そう言って貼り紙を差し出すと、騎士たちは顔を見合わせ、少し驚いたように目を見開いた。


「……勇者様の案内役に志願、か。よし、参られよ」


門番のひとりがそう告げて、門を開けた。


フィンは、セリカの手網を優しく握り、案内してくれている門番に、歩いてついていく。

門を通ると、一番最初にフィンの目に入ったのは『白亜の城』と呼ばれる王城ファステリアだった。

歴代のエレジア王が統治してきた象徴であり、現在の国王も住まう、エレジア王国の象徴でもある。

陽光を受けて輝く白壁は、まるで大理石を削り出した宝珠のように純白で、金色の装飾と紋章旗がその美しさをさらに引き立てている。

高くそびえる尖塔は空へ向かって伸び、雲を切るようなその姿は、まるで天上に築かれた聖域のごとく荘厳であった。


他にエレジア王国を象徴とする三大団の本拠地も目立っていた。

武力の要である、王国騎士団の本部、騎士の館。

庭には壮麗な訓練場が広がっており、努力ゆえの強さを物語っている。

城の北棟を中心に構える、魔術研究と戦術魔法の司令部、宮廷魔法士団の本塔。

王国の技術力の高さを証明する、医療魔術師団、本館。

白を基調とした建物群は、まさしく、人々を癒す聖域のように、穏やかな威厳を放っていた。


門番について行くと、騎士団が管理する厩舎へと案内された。

頑丈な木柵と清掃の行き届いた厩舎は、さすが王城付きといった風格だ。

どうやらここでセリカと荷馬車を預かってもらえるらしい。

整然とした厩舎の様子に、フィンはひとまず胸をなで下ろした。

セリカはさっそく、厩舎の奥の方に積まれた上質そうな飼い葉を美味しそうにむしゃむしゃ噛んでいた。


セリカ、そのふてぶてしさは尊敬するよ


フィンは少しセリカに呆れていた。


セリカを預けると、王城の入口まで案内してくれた。

どうやらここで案内は王宮付きの侍女に代わるらしい。

彼女について行くと、客間らしきところに案内された。

彼女は


「少々お待ちくださいませ」


と言って、深々と一礼をすると客間を後にした。


ちょっと待ってください。

僕、勇者と勘違いされてる訳ではないですよね?

勇者パーティの案内係の公募に志願しようとしただけなんですけど。

あの門番さん間違って伝えた訳では無いですよね?

明らかに志願者への待遇じゃないんですけど。


そんなフィンの不安などよそに、物語は静かに幕を開けつつあるのだった。


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【キャラクター紹介】

■フィン

・年齢:18歳

・性別:男性

・種族:人族ヒューマン

・出身:不明


孤児として育ち、姓を持たない青年。

淡いミントグリーンの髪と、琥珀色アンバーの瞳が特徴。

旅商人として各地を巡り、情報収集や記録を趣味としている。


腰に差したブックホルダーには、地図と地域情報をまとめた本。

背中のバックパックには旅の必需品と、記録用の本、羽ペンとインクを常備。

首には、師匠から譲り受けた緑のクリスタルのペンダントを大切に身につけている。


どこか儚さを感じさせる心優しき青年は、師匠の形見である緑のクリスタルのペンダントを胸に、今日もどこかで本を開く。

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