第9話◇その声で「デート楽しみ」とか囁かないで欲しい

「は、はい……お気遣い、ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」


 申し訳ないし、恐れ多いわ……と思いつつも、ベルナルド様とウィリアム様に対して頭を下げる、わたくし。


「私としては、貴女と出かけられるのが楽しみですし、役得なので、何一つ迷惑とは感じていないのですが」


 至近距離で見つめてくる両目が、ひどく優しい。

 驚いて身を引こうとしたはずが、腰に回された両腕のために動けない。


 わ、近過ぎるっ……!!

 そういえば、わたくし、彼の膝の上にいるんだったわ!!


「デート、楽しみですね」

「はうっ……。デ、デート……」


 耳元で、いい声で、そんなこと、小声で言わないで……!!

 意識し過ぎて、顔どころか全身が真っ赤になっちゃう……。


「ウィル。あんまりアメリアさんを困らせないの。そんなにグイグイ行き過ぎていたら、嫌われてしまうわよ」

「っ……」


 呼吸困難になってしまったわたくしを察してくれたみたいで、ミリル様がスパッと指摘して下さった。


 おかげで、すすっ、と少しだけれど、ウィリアム様がその身を引く。

 膝から降りることだけは許されなかったけれど。


 た、助かったわ。

 だって、これ以上あの美しいお顔を拝見しながら囁きを続けられたら、ドキドキし過ぎて心臓が持たないもの……!!



 それ以後の四人での会話はとても弾んだ。

 このゾグラフ領についての説明をお聞きしたり、わたくしが薔薇について語ったり。


 今回は「希望のかけら」の温室をわたくしに見てもらうということでゾグラフ領のお屋敷を訪れたわけだけど、次回は王都のお屋敷を訪問することになったし、ゾグラフ家の皆様も我が家に来たいと言って下さった。


 そして、帰る前にほんの少しだけ、と当主夫妻が気を使って下さった結果、現在、わたくしとウィリアム様は二人っきりになっている。

 部屋のドアは開いていて外にメイドや執事たちが数人、しっかり控えているようだけれど、さすがに公爵家の優秀な勤め人、その気配はしっかりと消されていた。


「ふふ、やっとこの手に届きました。私の『希望の薔薇』そのもの」


 念願の二人きりの状況になれたからか、ウィリアム様は安心して満足げに頬に触れてくる。


 その手つきはやはり優しいけれど、どうしてか、どんなに暴れてみても全く逃げられないのが不思議ね……?

 腕を押し退けようとしても微動だにしない。


 数刻前の馬車の中で「自分はゾクラフ公爵家でやっていけるだろうか」と不安になっていたけれど、今は全く別の意味で心配な気分になってしまうわ。

 もしかして、かなり厄介な人に捕まってしまったのかも?などと考えて。


 最上級に顔が美しく、魔力も格式も高い高位貴族令息なため、貴族令嬢の結婚相手としては文句なしの最高ランクであるところが、成り上がりの立場では全く逆らえなくて悔しい。


 いえ、もうどうせそれ以外の精神的な部分でも、全く逆らえはしないのだけれど……。

 わたくし自身が「この人なら」と思ってしまったのだから。


「……ウィリアム様は、意外と強引だったり、そんなふうに微笑んだりもするんですのね。わたくし、全く知りませんでしたわ。だって、これまで泣き顔しか見ていませんものね」


 ただ負けず嫌いではあるので、意趣返しのつもりで少し皮肉を言ってしまう。

 でも、ウィリアム様にはさして効いてはいないらしい。


「今やその泣き顔を覚えているのは家族と貴女くらいですよ、アメリア。それと、どうか私のことはウィルと呼んで頂きたいです」


 いつの間にか取られていた右手の甲にキスをされる。

 手強い。

 逆にわたくしの方が動揺して赤面することになった。


「ず、ずいぶんと調子に乗っているのでは?」

「貴女に許されているらしいと知った今、乗らずにどうするんです」


 完全に心を許している、と既に伝わってしまっている。

 あっさりと指摘されて、恥ずかしさに任せて思わずじろりと強めに睨んでしまったのに、ウィリアム様はそれさえも楽しんでいるようだった。

 しかし、ただ黙ってじっとしてしまうとより強く抱き寄せようとしたり頬にキスを落とされたりするため、わたくしはなるべく普通の会話を試みる。


「ウィリアム様は……」

「ウィル、で」


 早速、強めに訂正されてしまった。

 なので、言われるままに従うことにする。


「ウィル様は、女性にはかなり当たりが強い方なのだと噂では伺っておりましたが、本当はそうでもなかったんですね」


 問うと、ウィリアム様……ウィル様は、きょとんとした顔になる。

 意味が分からない、と言いたげに。


「アメリア以外の令嬢と何か会話したり、あえて笑いかけたりする意味があるんですか?あれだけ過去に冷遇しておいて、私が近衛に入り王太子殿下の側についた途端、過去を忘れたかのように態度を変えて寄ってくる、まるで羽虫のような女たちに?」

「……なるほど」


 色々と言うべきことが大量にある気がしたものの、今は触れないことにする。

とても傷ついた過去がある、ということだろうから。

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