第8話◇何故か、膝の上から降ろしてもらえません
「はぁ……夢のようです。アメリア嬢、いや、アメリアが、今私のこの腕の中にいるなんて……まだ信じられません。本当に逃げてしまいませんか?」
「うう……逃げませんと、さっきから、ずっと言っておりますのに……」
すりすりと頬を寄せられてしまい、「うっ」とわたくしは小さくうめく。
真顔と、やっている言動の差が、大きすぎるんですけど!?
プロポーズに応えたら、抱き締められて喜びを表現された。
そこまでは理解できたし、その嬉しさを共有できた。
でも……でも、よ!?
「ですが、さ、さすがにご当主様方の前でのこの状況は、夢と思いたいですわね……。少し逃げたくなってきたかもしれません」
「駄目です。もう一生手放す気はないので」
返答と共に腕の力はますます逃すものかと強くなる。
わたくしはただひたすら視線を漂わせ、赤くなったり青くなったりするしかない。
何しろ、ウィリアム様にぎゅうぎゅうに抱き締められ、膝に乗せられた状態のまま、ゾクラフ公爵家の当主とその夫人――いずれわたくしの両親となる方々の、目の前にあるソファーに座っているからだ。
ただでさえ素晴らしい内装や美しい調度品がしつらえられた貴賓室の豪華さに気後れしているというのに。
ウィリアム様ってば、ご両親の視線もはばからずにやりたい放題だわ。
「あら、いいのよ。こんな状態の息子、二十年に一度あるかないかの珍事だから。来週の王妃様とのお茶会のいい土産話になるもの」
「は、はぁ……」
コロコロと鈴が響くような声で笑う女性は、ゾクラフ公爵夫人・ミリル様。
この国の国王の妹、というとんでもなく高い身分の方だけど、特に息子の有り様をたしなめることもなく、優雅かつ楽しげにこちらを観察している。
実際、本当に珍事のようで、さっきから当主であるベルナルド様もソファーの手すりの部分に大きな体を屈めるようにして縋り付き、ピクピクと肩を震わせていた。
大ウケだ。
強面軍人の呼吸困難になるほどの爆笑、こちらもなかなかの珍事かもしれないわね。
「――いや、失礼した。私がゾクラフ家当主、ベルナルド・フォン・ゾクラフだ。私もこれを明日の王への土産話としよう」
やがて起き上がって、改めて真顔を作ろうとしたベルナルド様だったけれども、それでもまだわずかに肩口がプルプルと震えていた。
「ううっ……できれば、ご容赦頂けると……」
何とか呟いたが、当主ご夫妻はふたりしてそれには答えずにただ笑顔で流したので、一週間以内に全てが王城に伝わることは確定したようだ。
現に両人ともに「こんな面白い話、誰かに伝えないわけがないだろう」と言いたげな顔をしていて、わたくしはせめて話の中身を知る人の数が少なめに収まることだけを祈ることにした。
当のわたくしだって、もし自分のことでなければ同じように爆笑、後に光の速さで噂していたに違いない。
あの「ゾクラフ家の凍らせ令息」が令嬢を自身の膝に乗せて愛でている話なんて、それはもう格好のネタでしょうからね。
貴族の噂話は一瞬で千里を駆け抜けるものなのだ。
そう考えたところで、わたくしはふと思い当たる。
「あの……婚約を受けた後でなのですが。実際のところ、わたくしが今後ゾグラフ家に入ること、大丈夫なのでしょうか」
本当のところどう思われているのかを確認したくて、わたくしはベルナルド様とミリル様の目を見て尋ねる。
「アメリアさん?」
ミリル様は「どういうこと?」と言いたげに首を傾げられて、同じく隣のベルナルド様も一緒に、揃ってきょとんとした顔つきになったように見える。
「問題ありません」
ご両親より先にそう続けたウィリアム様が言った通り、本当にご夫婦揃って「問題ない」って思って下さってる……?
「オルコット家に盗まれた薔薇のことで、あちらに味方する家門もある中、今マクファーソンと縁を繫ぐというのは……」
家門同士のお付き合いなどもあるだろうに、ご迷惑になってはいないのかしら……。
恐る恐る訊いてみると、「何だ、そのことか」とばかりにお二人の表情が優しくなった。
「それなんだが。王家と我々は、既にマクファーソンに嫌疑がないことは確認していてな」
「えっ」
「ゾグラフ公爵家としてはこの婚約に関して何も問題だと感じていない。そこは当主として約束する。安心していい」
そう口走る間もベルナルド様は穏やかに微笑んでいらっしゃるから、本当にゾグラフ公爵家は「問題にしていない」みたいだ。
「ただ、オルコット家を完全に調べ終わるのに、もう少々時間がかかると、王太子殿下が仰せだ」
「王太子殿下が……」
「事態が収拾するまで、しばしマクファーソン家には待っていてもらいたい。結婚式の詳細を詰めるのも、その後だな」
ああ、王家の方主導できちんと調べて下さっているのね。
気休めでも何でもなく、本当に「問題がない」扱いで。
その心強い対応に、ようやく変に固まってしまっていた肩の力が抜けていく。
「そして、アメリア嬢は身の安全のために、しばらく我が息子を番犬として使うといい」
ただ、この提案には再び、背筋がピンと伸びてしまった。
「ば、番犬、ですか?」
「それなりに腕も立ち鼻も利くからな」
い、犬の扱い。
思わずそわそわしてウィリアム様の表情を伺うように確かめてみたけれど、本人は怒りを表明することもなく、ニコリと笑って見せた。
「街へとお出かけの際は必ずお呼び下さい。いくらでもお供しますよ」
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