第4話◇「お前のことを愛するつもりはない」なーんて、言われちゃうのかも
そもそも婚約なんてしていなければ、今頃実家で楽しく薔薇の栽培に邁進できていただろう。
行き遅れ令嬢と評されながらも、死ぬまで実家にしがみついた方が、薔薇から離れずに済んだのかもしれない。
「本当に、ルーカスには、完全にしてやられましたわ……けれど、わたくしの落ち度が招いたこと」
ずっと黙っていると涙が溢れそうになるため、あえて口にしてみる。
マルタはまた「お痛わしい」と言いたげに眉を寄せた。
「……アメリアお嬢様、もうあの無礼な方のことなどお忘れ下さい。これから新しい婚約者様とお会いするのですから」
慰めるようにマルタはわたくしの背中を撫でて、その首を振る。
けれど、わたくしは決して、忘却という責任放棄を良しとは思えなかった。
「いいえ……絶対に忘れないわ。それにね、わたくしは全て納得して嫁ぐと決めたのよ」
これが虚勢だとしても、とあえて顔を上げて気を張る。
崩れ落ちないためにかえって強く振る舞うしかなかった。
「これでいいの。心配しないで、って家の庭師のみんなにも伝えてちょうだい。いいわね?」
「承知、いたしました。お嬢様がそうおっしゃるのなら……」
頑張ったけれど、やはり引き攣った笑いになってしまった。
「少し、御髪を整えさせて頂きますね」
マルタはまだ何か言いたげにしているけれど、以後は言葉を飲み込んで、乱れてしまったわたくしの漆黒の髪を丁寧に整え始める。
優しく慮る手指の感触に身を任せて目を閉じた。
そういえば、ルーカスはこのまっすぐ過ぎる漆黒の直毛と瞳の青緑色も暗すぎて毒々しいって言っていたわね。
浮気相手のあの子、ファニーは、カールがふわふわと柔らかそうなオレンジブラウンの髪に、ヘーゼルブラウンの瞳だったわ。
ルーカスに対しての未練は全くない。
けれども、わたくしは自分の容姿も性格も、この国の大多数の令息たちにはあまり好かれないらしい、とは察していた。
その黒髪はまさしくからすの濡れ羽色。
つり目に濃い青緑の瞳という組み合わせのおかげで目付きも鋭く見える。
その上、普段庭師たちにキビキビと指示を飛ばすことが多いためか、令嬢にしては言葉の端々が強い。
それでも、清楚に見えるように口調を穏やかにする努力も特にしなかった。
ルーカスは怠慢女だと言ってひどく憤慨していたけれど、あえて繕わなかったというのも確かだ。
お披露目と名付けを待つばかりだったあの花の未来を、自らの未熟さで潰してしまった……。
そのことは、どんなに後悔してもしきれない。
でも、ルーカスなんかのために自分を変えて耐えることは決してしたくなかった。
仲を深める気持ちもなく、薔薇の世話にかまけて放置した。
さして寄り添う心はなかったのに、いずれ結婚するのだしと気を抜いてしまった。
相手がどんな本性をしているのかを全く理解しないままに……。
あの新種については完全に任されていたわけだから、両親ではなくこのわたくしこそが全ての責を負うべきなのでしょう。
せめて、この新たな婚姻で傷ついた家名を戻すべきだわ。
「これで良かったのよ。ゾクラフ公爵家とのご縁なんて、本来はマクファーソン伯爵家から望んで結べるものではないのだもの……」
自分の呟きによってますます沈んでしまいそうになる気持ちを意識的に奮い立たせようと、わたくしは、あえて意識して深呼吸をした。
この国では、力が強い公爵家の婚姻には王家の意向が強く反映される。
王家の望みだからこそ、今回に限り、成り上がりの伯爵家が由緒正しい公爵家と繋がれるのだろう。
お父様のことを「たかが花程度で王家に取り入り、地位を得た」とか「土まみれの農民男爵上がり」と見下す高位貴族も、まだいる。
それに、マクファーソン家の人間はわたくしも両親も、揃って「魔力なし」だ。
それも、高位貴族ほどより魔力が強いことが多いため、侮られる理由になる。
ただ、今回ばかりは暴走の過去があるほどに魔力が強すぎる令息の婚約者ということで、子の魔力を薄めるためにあえての「魔力なし」の私がお相手に選ばれたようだけども……。
妻として、未来の公爵夫人として愛されることはなく、ただ領地に閉じ込められているだけのお飾り妻となる可能性も考えられるわね。
冷徹な方だと聞くし、「お前のことを愛するつもりはない」なーんて、言われちゃうのかも……。
普段は王都の屋敷に住んでいらっしゃるはずのゾグラフ家なのに、両親は伴うことなくわたくし一人、あえての領地での顔合わせ。
そこに一抹の不安が過ぎるけれど……。
たとえ当主や夫に冷遇されたとしても、全てを甘んじて受ける。
この土地で死ぬまで生きて、この家に求められるままにゾクラフ公爵夫人としての義務をしっかりと果たしていく。
そして仕事としては許されないのなら、薔薇の苗をただひとつでも構わない、敷地の一角で育てることをお許し頂きたい。
せめて実家との繋がりを示すものとして……。
未来がそうなるように可能な限り頑張ろう、とわたくしは誓い、強く覚悟した。
わたくしにとっては、それが貴族の娘として残された唯一の「今後できること」に思えた。
「到着したようです、お嬢様」
マルタに呼ばれ、目を開ける。
軽く身支度を整え終わると、やがてゆっくりと馬車の扉が開いた。
外から差し出された手に、わたくしは自らの手を乗せる。
え――違う。いつもの従者の方とは。
家の人間ではない、男の人の手だわ。
きっと、騎士の方ね。
感触の違いに、思わず息を飲む。
指先に当たる相手の手のひらは、少し固い。
長く剣を持ち続けた人特有の、それ。
それに――わずかな、外気温よりもずっと低い温度の冷気。
気付いて一瞬ためらったわたくしの手を、相手がしっかりと握ってくる。
腕の動きに誘われるままに馬車を降りた瞬間、陽に透けた銀の髪が眩しく視界に入った。
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