第2話◇新婚約者は女嫌いの冷徹公爵令息様だそうです

 ――そして。


 本日、わたくしは婚約者として初めてお相手の令息にお目通りする。

 そのために、マクファーソン家で用意できる最高級の装いで馬車に乗っている。


 何事もなかったなら、わたくしはこの銀糸で細かい薔薇の刺繍が縫い込まれた見事なドレスの手触りにご機嫌に満足したはず。

 まだ見ぬ婚約者のことを思いその胸を期待にときめかせて、穏やかに微笑んでいられたのでしょうね。

 けれど、今回ばかりはそうはいかなかった。


「絶っ対に、許しませんわ、ルーカス・オルコット……!」


 うぎぎぎっ、やっぱり諦められない~!!


 わたくしはギリギリと薄水色のドレスの膝元、ちょうどレースが重ねられた部分を握り締める。

 しわになってしまうと分かっていたが、そうせずにはいられなかった。


 馬車の中、ひたすら揺られているだけの時間は、正直暇だった。

 手持ち無沙汰。

 そうなると、自然とどこかに追いやっていたはずの怒りが戻ってきてしまう。


 どうしても、あの花のことを忘れることは、できなかった。


 あの新種は、春に開催される品評会に出す予定だったのに!!

 新種として認められたら、マイスターとして認定されて、お父様からも許されて、正式に国の認可を得ての商売を始められたのに!!

 もーっ、ルーカスのせいで全部の計画が台無しだわ!!


 顔をしかめていることを自覚して、少しでも気が晴れたらと窓の外を見るけれど、そこには薄ら寒い荒野が広がるばかり。

 王都と比べるとずっと気温も低く、ズンと下半身から底冷えする感覚に思わず自分の二の腕をさする。


「待って。いくら秋とはいえ、ゾグラフ公爵領、寒すぎるんじゃないかしら……?」


 打診された嫁ぎ先は国の最北、国境近くにあるゾクラフ公爵家だった。

 王の親戚筋ということもあり、王家の次の高い地位に君臨している方々だ。

 強大な魔力をその血に宿す一族で、魔法剣を使う武家の名門でもある。


 先々代が先の隣国との戦で大きな武勲を立てたということで、国境沿いの広大な土地を守り治めている大権力者。

 国王も魔法軍事方面では大きな信を置いており、現当主はベルナルド・フォン・ゾクラフ。国軍指揮官の任を授かっている。


 わたくし自身は数度の夜会で遠くから姿を見ただけで話したことさえもないのだけれど、軍人特有の鋭い視線や体格の良さ・無駄のない指揮ぶりやその口調にどうにも気圧されてしまい、並みの人間ではろくに近づけない様子。

 お父様ほどの年齢の男性陣さえ、一度大きく深呼吸してから恐々と話しかける。

 そういう印象の人だった。


 その家の長男令息、ウィリアム・フォン・ゾクラフに、わたくしは嫁ぐ予定だ。

 そして父親と同じかそれ以上に、ウィリアムという人は恐ろしくて、とても冷徹な男だという。


 わたくしはこの息子の方にはまだ面識がなくて、噂でしか知らない。

 銀の髪に青みがかったグレーの瞳をしている、という見た目の情報くらいしかない。


 ただ、近づくと「確実にその人だと分かる」らしい。

 何でも魔力が強すぎるあまり、それが冷気となって彼のその身にまとわりついているそうだ。


 不安になって、よくマクファーソン家の薔薇を買ってくれるとある令嬢に聞き込んでみたところ。


 近づいただけで魔力の強さに当てられて、失神してしまう者さえいるとか。

 人嫌いで、幼い頃に魔力暴走を起こして乳母を殺しかけたとか。


 近衛騎士団に属していて、普段はアルウィン王太子殿下の側近として控えているそうだけれど、意外とフレンドリーな殿下なのにその斜め後方からとんでもない殺気を飛ばして威圧してくるとか。


 最低限の社交はするものの、女性への当たりだけはすこぶる厳しく、ある気位が高い令嬢に「それ以上近づくな」と言い放って魔法で作った氷柱で威嚇し、場が荒れに荒れた、なんていうものも……。


 口元を扇で隠しながら声をひそめ、「あの方の、女性に対しての絶対零度まで冷えきった視線の、恐ろしいこと恐ろしいこと……。王家の方と慣れた近衛の者以外は誰も話しかけられませんのよ」などとその令嬢は語っていた。


 わたくしはこの土地で、そんな恐ろしい方を夫として、やっていけるのかしら……。

 そのように不安になるけれども、やはりわたくし個人に逆らえるはずもなかった。

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