恋演舞 ─ 花は影に咲き、恋は名を失う ─

朔 龍麻|Saku Ryuma

プロローグ ―― まだ名も持たぬ花は、純粋な願いの中で眠っていた。

もし、いまこのまま人生が終わるとしたら。

やり残したことは——本当に、ないのだろうか。


あの日、ほんの一瞬だけ、世界に踏み出そうとした。


誰かの声に、振り向いて。

誰かの名前を、呼ぼうとして。

それが、最初で最後の「選択」だった。


次に目を覚ましたとき、もう動けない場所にいた。

声も出せず、手も動かず、ただ天井を見つめるだけの毎日。


家族の涙に触れることもできず。

誰かを想うことも、誰かに想われることも、知らないまま。

生きているのに生きることだけが、許されなかった。


——後悔はない?


その問いだけが、胸の奥で何度も、何度も響いた。

本当は分かっていた。

たったひとつだけ叶えられなかった願い。

たとえ、その願いが“何かを失う選択”だったとしても。


「恋が……してみたかった」


触れられなくてもいい。一瞬だけでもいい。

誰かの名前を想い、誰かの瞳に映りたかった。

ただ、それだけ。



そう願いを知った瞬間、世界が静まり返った。


——願うなら、叶えてあげよう。


聞こえた声は優しいのに、どこか冷たい。

それでも、迷わなかった。


もし、やり直せるなら。

もし、一度だけ心が動くなら。


「恋がしたい」


その一言で、世界がゆっくりと色を変え始めた。

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