第三楽章 ⑰ 走れ

「エーカッ!!」


 叫ぶやいなや、再びの銃声。

 振り返る暇もなく、ルチアはエーカを柱の陰に押し倒す。


 そこへ、王国語で怪訝けげんそうに呟く男の声がした。だが楽長のものではない。


「エーカ……だと?」


 それを聞き、ルチアの隣に隠れるエーカの体がれた。


「……お父、さん?」

 言いながらエーカは慎重に柱の陰から頭を出し、声の主を確認。そして何を思ったのか全身を相手の前にさらけ出した。


 危険だ──が、何故か銃声はとどろかない。

 ルチアも顔を出すと、階段の上に立つ男は驚いたような表情で硬直していた。細かいしわが刻まれた目を見開き、彼女を見下ろしている。


 高い鼻に、彫りの深い顔。いかにも西洋人らしい風貌ふうぼうで、エーカとはあまり似つかない。

 けれども彼女の様子から察するに、どうやら本当に実の父親と再会したらしい。


 ルチアに、エーカの父親との面識はない。

 以前に何度か父親について彼女に尋ねてみたものの、全てはぐらかされた。だから、彼女が自分の父に対して苦手意識を持っているのであろうことは予想していた。


 しかし、実の父親なら上手く言い訳すれば時間くらいは稼げる──そう考えたのが浅はかだった。

 なぜエーカが父親を嫌っているのかを考えるべきだったのだ。


 彼女の父は、階下にいる娘を頭の天辺から足の爪先まで観察した後、眼光を鋭くして言った。


「なるほど。なぜこんな所にと疑問であったが、そういうことか……この裏切り者めがッ!!!」


 父の弾劾だんがいに、エーカは小さな体をより一層小さくした。

 すかさずルチアは震える少女の前に立ち、父親から娘の姿を隠す。


「走りなさい。私が時間を稼ぐから」

 ルチアは背後のエーカにささやき、続けて大声で男の注意をらした。


「──親が! 実の娘に裏切り者はひどいんじゃない!?」


「でも……」

 エーカの逡巡しゅんじゅんする声。ひとりで進むのが怖いのだろう。


 ルチアは言う。

「一人だけなら、私でも何とかなるわ」


 それより、ここに二人とも残ってしまえば全てが終わりだ。

 相手は音楽おんがく武装ぶそうしていない歩兵科将校。がいとう羽織はおっているので装備の詳細は不明だが、長いサーベルなども見えない様子から考えると使える武器は拳銃一丁程度のはず。


 それでも【フルート】一器で対抗するのは正直なところ厳しい。本来、フルートは支援兵器であり打撃能力はないのだから。

 けれど、エーカを守るにはこれしかない。


「なら、わたしが残る。ルチアちゃんが先に進んで!!」

 ルチアの背後から信じられない言葉が聞こえてきた。


「ルチアちゃんは、国で家族が帰りを待ってるでしょ!? わたしの代わりに日本へ行って! わたしは、お母さんと一緒にここに残るよ!!」


 この子は、本当に自分がよく知るエーカなのか。

 振り返って確かめたい衝動を必死にこらえ、ルチアは叫ぶ。


「言うことを聞きなさいッ!!」

 息をむ声がした。

「あんたじゃ、すぐに殺されるわ。必ず追いつくから先に行ってなさい!」


 さすがに、実の父娘おやこで殺し合いをさせるわけにはいかない。

 それにルチアには、もう帰りを待つ家族など……。


「エーカ。もしあんたが生き残れたら、どうか私と弟の代わりに日本へ……。私は、あの子が眠るこの国で死ぬわ」


 ルチアの台詞にエーカが何かを言おうとした時、それをさえぎってびた男の声が響いた。


「そもそも、野蛮人の女に子をはらませたのが失敗であった。王国の血が発現しなかった出来損ないめ。お前など、私の子ではない!!」


 父親の言葉に、後ろを見ずともエーカが泣いていることが分かった。


「……あんた、人間なの?」

 ルチアは敵をにらみ、正直な疑問を口にする。


 我こそが本当の人間なのだと、堂々宣言するような態度で彼は叫んだ。

「貴様は何者だッ!? 王国の人間でありながら敵国にちおって!!」


 何者か……?


 何者でもある。それが諜報員という存在だ。その中で、ただ一つだけ変わらぬ事実。

 それは──。


「私は、この子の、親友ともだちよ!!!」


「そうか……」

 静かに鼻でわらう声。


「──では蛮人ばんじん共々ともども、処分してやろう!!」


 男が拳銃を勢いよく構える。

 ルチアは、親友に最後となる言葉をかけた。


「──走れッ!!!」


 背後で地面をる音。それが急速に遠ざかっていく。

 ルチアは拳銃の照準をエーカから外させるため、男に向かって跳躍ちょうやく。一気に距離をめた。


 そして着地直前に左足で地面をりつけ、右へぶ。


 こちらの動作に一歩遅れて動き出した男の銃が地面を向き、引き金を引いた。されど、その時にはすでにルチアは別の地点へ跳躍ちょうやくした後。

 それに気付いてあとを追っても、ルチアは常に彼の意識より一歩先を行き、射線を回避し続ける。


 このように複数の遮蔽物しゃへいぶつを利用してタイミングよく逃げ回る作戦だ。

身体強化譜しんたいきょうかふ》の効果が持続している以上、離れて動き続ければ普通の人間にルチアを捕捉ほそくすることはできない。


 あとはすきを突いて拳銃を奪い、無力化できればよいのだが。

 これは根競こんくらべになる。


「子供一人で何ができる。息絶いきたえよ、国賊こくぞくがぁああッ!!」


 射撃とともに発せられた叫びに、ルチアは不敵ふてきな笑みを浮かべてこたえた。


「──帝国軍人を見た目で判断すると、死ぬわよッ!!!」








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