第三楽章 ⑮ 剣の舞

 直後、両者の【ハンドベル】のやいばが部屋の中央で激突した。


 空間がうなりを上げる。

 剣戟けんげき交差こうさするたびに刃がまばゆきらめき、砲声のような轟音が響いた。


 刀身の大きさも本数も、王国軍将校が小柄な女子奏兵を圧倒あっとうしているように見える。

 だが、音響力の細剣をる彼女はたくみに相手の斬撃ざんげきすべらせ、むしろ敵を翻弄ほんろうするかの如く立ち回る。


 まるで妖精がおど演舞えんぶ

 見ているだけで身体が硬直するほどの美しさと恐怖だった。


 もなく、男が二本の刃を横薙よこなぎにり出した。

 渾身こんしんの一撃を受け止めた彼女は吹き飛ばされるが、大技の直後に発生した敵のわずかなすきとらえて牡丹ぼたん色の音響弾がおそかる。


 申し合わせたようなタイミングでせまるトランペット弾を、反射的な速度で男は回避かいひ

 その逃げた先を深碧しんぺき色の斬撃が待ち構えていた。


 天地てんちくずさんばかりの衝撃が起きたと同時、エーカは肩をつかまれる。

「エーカ、ここは任せて先に進みましょう!」


「う……うん」

 気付けば、一瞬の攻防に圧倒あっとうされていた。


 戦闘の動きを目で追うことすら叶わない。そんなエーカが、ここで立ち止まっても仕方しかたがないのだ。


 扉の奥に続く通路へ駆け出しつつ、エーカは何度も背後を振り返る。

 いまだ剣戟けんげきの音が幾重いくえにもとどろいていた。


「あの二人なら大丈夫よ!」

 前を走るルチアが言う。


「近距離と中距離の射程しゃていを持つ武楽器を連携れんけいさせて戦う二器編成が一番手強い。あの組み合わせで格闘戦をやれば、まず負けないわ!!」


 ルチアが言っているのは数が有利という話ではなく、異なる兵種へいしゅ同士で互いの弱点をおぎな常套じょうとう戦術の話をしているのだ。


 彼女たちの場合、ハンドベル猟兵が《盾》となって前方で敵の攻撃を防いでいる間に、トランペット奏兵が後方から《矛》として演奏時間の長い大曲を撃つことが可能となる。

 たとえるなら、ジャンケンで二つの手を同時に繰り出すようなもの。反則的に有利だ。


 自分より強い者たちへの心配を振り捨て、エーカは通路を抜けて次なる空間に飛び出した。


 そこは、今まで見てきた空間に比べれば小さいものの、学校の教室ほどの面積はある部屋だった。

 床には様々な物資が置かれているが、中でも壁にかけられた工具や機械類が目立つ。


 無人の部屋の奥には、またしても大きい扉があった。

 ただし先ほどの扉とは構造が違うようで、前後に開閉する両開き式ではなく、左右に扉が移動する引き戸だった。

 しかも、その引き戸は蛇腹じゃばらで作られている。二重扉になっているとはいえ、これでは扉としての意味があるのか疑問だ。


 扉枠の上には数字、右横には押しボタンが設置されていた。

 一番奇妙なのは、引き戸の奥に通路が続いていないことだ。のぞいてみたところ、二メートル四方の狭い空間があるだけ。


「なにこれ……、トイレ?」


「は?」

 エーカの純粋無垢な質問に素っ気ない答えが返される。けれど王国民の日常生活で、こんなに小さい空間は個室のかわやくらいしか存在していない。


「……これはトイレじゃなくて、昇降機よ。人や物を上下の階に運搬うんぱんするための大型装置」


 ルチアによれば目の前の小部屋は天井からロープで吊るされており、それが建物を貫く空洞の中をのぼりすることで人を運ぶらしい。階段を使わずに大きい荷物を楽に移動させることができる機械なのだ。

 もちろん初めて知った。


「へー、すごい魔法だね。これも精霊さんの力で動くの?」


「違うわよ」

 ルチアは苦笑しながら説明する。


「この街の民間施設では見かけないだけで、他の都市の工場や銀行には大規模なものが昔から設置されているのよ。水力や蒸気機関で動くエレベートルなら、人類が魔法を思い出す以前から存在するわ。もちろん帝国にもあるわよ」


 見渡しても他に階段などはないので、どうやら要塞の階下へ行くためにはこの昇降機に乗る必要があるらしい。


 ルチアは二枚の蛇腹扉を左に開け、特に警戒する様子もなく小部屋の中に入った。手招きされたので、エーカも恐々としながら後に続く。

 二枚の扉の間には暗い隙間があり、風が音を立てていた。


「二人も乗って大丈夫なの? ロープで吊り下げてるって言ったけど、縄が切れて落っこちたりしないよね?」


「……落ちてもジャンプすれば大丈夫だから」


「ほんと?」


「ごめん、嘘……」


 なぜ嘘をつかれたのか不明だが、冗談を言う余裕があるのなら心配はないという意味だろう。そもそも昇降機に細工がしてあれば、マルコと名乗った王国軍将校がここを守っているはずがない。

 今はそう信じる。


 ルチアは扉を閉め、室内に設置されたレバーを操作。すると数秒後、小部屋が徐々に下へ動き始めた。ロープが突然切れるような仕掛しかけはないようだ。


 この駆動音は、確かに人間が創造した機械に違いない。精霊の知識と力で動いている装置なら、もう少しなめらかに作動するはずだ。


 ルチアは横の壁につくられた小窓を見ながら昇降機を操作しているので、おそらく決まった時に適宜てきぎレバーを動かさないと目的の階まで行けないのだろう。

 やはり人類製だ。


 昇降機の出入り口となっている場所や、柵が設けられているだけの階が下から上に通り過ぎていく。


 ある部屋で、天井から下がった紐が見えた。

 紐の下に頭が見えた。

 頭の下に胴体が見えた。

 足は床に着いていなかった。

 何十本もの足の裏が見えた。


 気が付けば昇降機は停止していた。

 エーカは、そのことをルチアに話しかけられた時に初めて知った。直前に大きな振動が起きた気がするが、それどころではなかった。


「よし。初めてだけど、上手く止められたわ。ここが昇降機で行ける一番下の階みたいね」


 目を見開いたまま動かないエーカに、操作盤から視線を外したルチアは続ける。


「どうかしたの? トイレ?」


「……なんでもない」

 昇降機の中で見た光景を脳裏から消し去り、エーカは蛇腹扉を右に開けた。


 どんなに怖くても、もう引き返せない場所まで来たのだ。


 何があっても立ち止まらない。

 そう決意し、エーカは一歩を踏み出した。





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