第34話


「……あの映像のようにして、わたくしは組織に王城内の情報を報告していました。そして組織の者からは、次回の報告場所と日時の候補が書かれた紙を受け取っていたのです。その中から休みが取れた日に、また同じ方法で報告書を渡すことになっています」


「そうですか。エディット、あなたには失望しました。王城で働くあなたが、まさかこの国を滅亡させようとしていたなんて」


「そんな!? わたくしはそのような恐ろしいことは考えておりません!」


 私の放った言葉を、エディットが目を見開きながら否定した。

 しかしここまでエディットから何度も苦しい言い訳を聞いている私たちが、そんな否定を信じるはずもない。


「嘘を吐かないでください。組織がこの国に滅亡をもたらすことを、私たちは把握しているのですから」


「そうだ。さすがに言い訳が苦しいぞ、エディット。もうすべてを話してはくれないか?」


「先程までは言い訳でしたが、これは本当のことなのです! わたくしはただ、聖女が現れたらルーベン殿下が『聖女の慕情』を得るだろうから、そうなったときに殿下に『聖女の慕情』を使わせるだけだと聞いていて……何度も嘘を吐いたから信じていただけないのも当然ですが……」


 エディットの語尾がだんだん小さくなっていく。

 これは……どちらだろう。

 演技なのか、事実なのか。

 どちらにしても、さんざん嘘を吐かれた後のため、エディットの言葉を簡単に信じることは出来ない。


「組織がルーベンに『聖女の慕情』を使わせる方法が、この国の滅亡なのですよ」


「そっ、そんなわけはありません! だってわたくしは平和な世界を望んでいるからこそ、組織に協力しているのですから!」


「『聖女の慕情』によって世界を壊されることがないようにすることが、組織の目的でしたね」


「はい!」


「ですが……組織の言う『平和な世界』に『この国』は入っていないのですよ」


 残酷な事実をエディットに告げる。

 組織は世界平和のためにルーベンに『聖女の慕情』を使わせたいと言っているけれど、過去三度の人生で三度ともこの国は滅びを迎えた。

 ルーベンに『聖女の慕情』を使わせる方法はこの国の滅亡以外にもあるだろうに、組織は国を滅亡させるような手ばかりを使った。

 そこから考えられることは、組織はこの国がどうなろうと、どうでもいいということだ。

 組織の言う「世界」の中に「この国」は入っていない。

 組織は国の存続や人の生き死になどどうでもよくて、大枠としての世界、「この惑星」が無事なら、一国の滅亡など些末なことだと考えているのかもしれない。


「どうして組織に所属してもいないジェイミー様に、そのようなことが分かるのですか!?」


「経験者だからですよ」


「えっ?」


 エディットが目を瞬かせたけれど、私の回帰に関しては詳細を教えるつもりはない。

 だからエディットが納得するようなもっともらしい嘘を吐いておく。


「今回組織の内通者としてエディットを見つけたように、他にも目を付けている組織の者がいるのです。その者が今の話をしていたのですよ」


「そんな嘘、信じられるわけがありません!」


「嘘だなんて。少し前にルーベンと私、それに王宮騎士団と王宮魔法使いが出動して、組織の者を捕まえたことはエディットも知っているでしょう? 私たちはあなたが思っているよりも、組織のことを把握しているのですよ」


「それは……そんな……」


「あのときは王宮魔法使いを動かすのに苦労した。彼らは俺の命令も割と断ってくるからな。ジェイミー救出に同行してもらう代わりに、だいぶ高価な魔法道具を買わされたよ」


 私の嘘にルーベンが乗っかった……いや、ルーベンが乗っかったのは嘘ではない部分か。

 ということは、実際に王宮魔法使いに高価な魔法道具を買わされたのだろう。

 王子命令に対価を要求するなんて、王宮魔法使いは恐いもの知らずと言うか、ちゃっかりしていると言うか。


「では、本当に……組織は、この国を滅ぼそうとしているということ……?」


「分かるでしょう、エディット? 私たちは組織の者を簡単に捕まえることが出来るのです。この前は下っ端の彼らを捕縛しましたけれど、大物は依然として泳がせているのです。重要な情報を漏らしてほしいですからね」


「これは確定事項だ。組織はこの国を滅亡させようとしている。俺に『聖女の慕情』を使わせる、そのためだけに」


 私たちの言葉を聞いたエディットは、身体中から力が抜けた様子だった。

 崩れるように身体を曲げ、自身の顔を覆った。


「そんな……それが事実なら、わたくしは何のために……?」


 エディットは、組織がこの国を滅ぼそうとしていることを知らなかったのだろうか。

 ある意味で、エディットは組織に騙されて利用された被害者なのかもしれない。


 しかし、エディットが組織に協力をしていた事実は変わらない。

 騙されていたとしても、王城内の情報を組織に流したことは、大罪だ。


「組織の目的を知らなかったとしても、やったことが消えるわけではない。騙されて利用されたことは可哀想だとは思うが、だからと言って処罰を無しにすることは出来ない」


 ルーベンも私と同じ考えのようだった。

 しかしエディットには、牢獄へ行く前にやってほしいことがある。


「エディットは、組織のアジトの場所を知っているのではありませんか?」


「……いいえ、今のアジトは知りません。昔のアジトなら知っていますが、わたくしが王城に潜入してからアジトの場所を変えていますので。場所の特定を避けるために、組織は定期的にアジトの場所を変えるのです」


「ルーベン、エディットに自白魔法を使いますか?」


「必要ないでしょう。もう彼女の心は折れています。嘘は吐いていないと思いますよ」


 言われてエディットを見る。

 エディットはこの数分間で十年は歳を取ったように見えるやつれ具合だ。

 この生気を失くして疲れた状態で、上手い嘘を並べることは難しいだろう。


「それもそうですね。下手に自白魔法を使って、自白の途中でおかしくなられるのも困りますからね」


「わたくしの言葉を信じてくださって、ありがとうございます……」


 げっそりとした様子のエディットが、私たちに向かって頭を下げた。

 先程までのエディットとはまるで別人のようだ。


「わたくしは……大事な人を守るために組織に協力をしていました。組織は世界の滅亡を防ごうとしていると説明されましたから。それが、この国以外の世界を守ること、の意味だったなんて。わたくしの大事な人が住むこの国を守れないと知っていたら、協力なんてしませんでした……」


 エディットが今にも消え入りそうな声で呟いた。

 組織に騙されて王城内の情報を流していた過去の自分の行為を後悔しているのだろう。


「エディット。次に組織の者と会うのはいつどこでですか? 組織に定期報告をしているのでしょう?」


「……はい。一番近い次の報告候補日は、二週間後の週末です。町の雑貨店の中で、すれ違いざまに報告を書いた紙を渡すことになっています」


「それならエディットには予定通り組織の者と接触をしてもらって、報告を受けた組織の者を尾行すると言うのはどうでしょう?」


 私が提案をすると、ルーベンが大きな溜息を吐いた。


「尾行だなんて、ジェイミーは懲りない人ですね」


「じゃあこれ以外に組織のアジトを突きとめる方法があるのですか?」


「それは……ですが、エディットが裏切るかもしれません。俺たちに協力するフリをして、組織に救援要請を送る可能性があります。そうなったら危険です」


「その辺は問題ないでしょう。だってこの王城で働いているエディットの個人情報は、簡単に手に入りますから。家族でも恋人でも、人質候補は簡単に見つかるはずです。この国には、エディットが何としてでも守りたい大事な人がいるようですからね」


「人質って……」


 悪党のようなことを言う私を、ルーベンが困った顔で見つめているけれど、私は本気だ。

 人質を取るような倫理的に良くない真似をしたとしても、組織は潰さないとならない。

 そもそも王族だって他の国の姫を人質のように娶ることが多いのだから、このくらいは許してほしい。


「ねえ、エディット。私たちに協力してくれますよね? 大事な人の命は、失いたくないですものね?」


「…………はい」


 エディットが虚ろな目で、しかしはっきりと肯定の言葉を口にした。




「それにしても」


 エディットを帰してから、ルーベンが私を見た。


「よく次から次にそれらしい嘘が出てきますね」


「私はルーベンよりもだいぶ長生きですから。年の功と言うやつです」


「目を付けている組織の者がいるだの、エディットの大事な人を人質に取るだの、嘘ばっかりでしたね」


「あら。人質の件は本気ですよ?」


 私がさらりと言うと、ルーベンが目を見開いた。

 どうやらルーベンは、あれはエディットを脅すためだけのハッタリだと思っていたらしい。


「過激なことを考える私が嫌になりましたか?」


「……何度人生をやり直してもあなたに惚れているのに、今さらそのくらいで嫌いになったりはしませんよ」


「嬉しいことを言ってくれますね」


 ああ。私は自分で思っていたよりもずっと、ルーベンに愛されているらしい。



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