第31話
「今さらですけれど、サリー侍女長はこのリストを集めるために派手な動きをしたりは……していませんよね?」
サリー侍女長が去った執務室で、資料を見ながらルーベンに質問をする。
どのような動きをしたらこれだけの情報を集めることが出来るのか、まるで分らなかったからだ。
「サリーは賢い人だから大丈夫です。俺が内密にと頼んでいることを、大っぴらに調べたりはしませんよ」
ルーベンはサリー侍女長のことを全面的に信頼しているようだ。
……サリー侍女長が組織の内通者ではなくて良かった。
これほど信頼している相手に、実は命を狙われていたなんてことになったら、人間不信になってしまう。
実の弟に暗殺されかけただけで、人間不信になるには十分なのに。
「ルーベンは、ずいぶんとサリー侍女長のことを信頼しているのですね」
「サリーは家族のようなものですから」
「そうですか……」
ルーベンを殺そうとした弟もルーベンの家族だったわけだけれど……この話はしない方が良さそうだ。
それにしても、家族、か。
今回の人生では、私は家族とはしばらく会っていない。
元気に暮らしているだろうか。
「ジェイミーのご家族はどのような方ですか?」
私が自身の家族のことを思い出していると、見計らったようにルーベンが私の家族について質問をしてきた。
「私の家族は、普通の人たちですよ。父と母は小さな食堂を経営していて、まあこれがあまり儲かってはいないのですけれど。私はお客さんに出せない状態になってしまった食材を使った料理を食べて育ちました。あとは姉が一人います。もう別のお家に嫁いで行ってしまいましたけれど。懐かしいです。今は誰とも連絡を取っていませんからね」
「もしかして……ご家族と上手くいっていないのですか?」
家族の誰とも連絡を取っていないと聞いてそう思ったのだろうルーベンの言葉で、私は今回の人生が特別だったことを思い出した。
「そういえば今回の人生では、ルーベンは私の家族のことを知らないのでしたね」
「過去の俺は知っていたのですか?」
「はい。過去の人生では、私は家族と一緒の家に住んでいましたから。そこへ王城の方が来て、私が聖女だからと王城へ連れて行ったのです。あっ、別に無理やりではありませんよ。私も家族も了承の上で、私は王城へ行ったのです」
「家族で暮らしていたのに、引き離してしまってすみませんでした」
「いいえ、むしろ良かったです。私が王城へ行って聖女の仕事を果たす代わりに、大金を貰えましたから。そのおかげで両親は食堂の経営を続けることが出来ました」
これと言って特別なものなど何もない、一般の家。
素晴らしい調度品は無いけれど、温かい愛のある、そんな家。
その家を守ることが出来たのだから、過去の私は自分が聖女だったことに感謝すらしていた。
「今回はどうして家を出たのですか?」
「今回は聖女だとバレないように隠れたかったのと、前もって森に結界を張っておきたかったので。住み込みの仕事を見つけたと言って家を出ていたのです。今回の人生でも家族関係が悪いわけではなく、むしろ仲の良い家族ですよ」
「なるほど。ジェイミーは愛されて育ったのですね。言われてみると、そんな感じがします」
「そんな感じ、ですか?」
言葉の意味が分からず首を傾げると、ルーベンが目尻を下げて優しい表情になった。
「ジェイミー自身が愛に満ちているので、愛を与えられて育った説得力があります。だってジェイミーは、聖女だという事実を隠しておきたいはずなのに、森へ結界を張りに行ったり、瀕死の俺を助けてくれたじゃないですか」
「それは……結界を張らないと魔物が町に入ってきてしまいますし、自分が助けられる命なら誰だって助けたいと思うものではありませんか?」
「当然のようにそう言えてしまうジェイミーは、やはり愛に満ちた人ですよ」
ルーベンはそう言った後、私の瞳を真正面から見つめた。
「家に帰りたかったら、いつでも言ってくださいね。俺は、あなたの行動を制限することはしたくありませんから」
「ありがとうございます。ですが、今は家族とは会いたくないですね。下手に会いに行くと、組織との戦いに巻き込んでしまう恐れがありますから。会うなら、すべてが終わってからでしょうね」
「ああ、そうですね。家族を人質にされたら厄介ですよね」
「はい。家族には平和に暮らしてほしいのです。そのためには、安全が保障されるまでは私と離れたところで生きてもらうのが一番なのです」
「……早く組織を潰しましょう。組織が無ければ、ジェイミーは気兼ねなく家族と会うことが出来ますから」
これまで考えることが多すぎたせいで、家族のことにまで頭が回っていなかった。
三度の人生で、家族は組織に殺されることなく暮らしていたから。
……違う。
一度目の人生で隣国に攻め込まれた後この国がどうなったのかを私は知らないし、二度目の人生で魔物に占領されたこの国の惨状を私は見ていないし、三度目の人生で疫病が流行っているのに私の家族だけが無事とも思えない。
組織が直接手を下したわけではないけれど、私の家族も組織によって不幸な運命を辿ったに違いない。
私はすべての人生で、親孝行をしていない。
私が聖女として王城へ行く代わりに両親には多額の金銭が渡されているから、それも親孝行と言えば親孝行だけれど。
しかし私自身の手で家族のために行なったことは、極めて少ない。あんなに愛を受けて育ったのに。
早く組織を潰して、今回の人生ではもっと親孝行をしよう。
「なんだか急に家族が恋しくなってきました」
「この件が片付いたら、ご家族を王城に呼ぶのも良いかもしれませんね。ジェイミーはご家族のそばで暮らしたいのではありませんか?」
「いいのですか!?」
私が驚くと、私の反応にルーベンも驚いていた。
「もちろんです。過去の俺もそう言いませんでしたか?」
「いいえ。家族を王城に住まわせる提案をされたのは、これが初めてです」
「……別の俺の気が利かず、申し訳ありません」
ルーベンが律儀に謝罪をしたけれど、そんなものは必要ない。
「一度目の人生では王城の火事に家族が巻き込まれなかったので、むしろ家族を王城に呼ばなくて良かったです。少なくとも家族は、火事では死んでいませんから」
「今回はもう火事は起こさせませんよ。火事が起こりにくく、また火事が起こってもすぐに消化できるよう、王城内の設備の見直しもさせています」
「いつの間にかそのような対応をされていたのですね」
私は組織を追うことばかりを考えていたけれど、ルーベンは私よりも広い視野で行動をしていたようだ。
もしかすると、医療に関しても何か手を打っているのかもしれない。
私と同様に、ルーベンも問題解決に本気なのだ。
「今回こそは幸せな未来をつかみ取りましょう」
「ええ、必ず!」
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