第30話


「失礼いたします……出直した方がよろしいでしょうか?」


「ジェイミーも知っていることですので、問題ありません。例のものをこちらに」


 執務室にやってきたサリー侍女長は、私の姿を見るなり、出直そうとした。

 しかしルーベンが問題ないと言ったことで、サリー侍女長はすぐに持って来た資料をルーベンに提出した。


「こちらが今週休暇申請を出した、王城で働く人々のリストでございます」


「ありがとうございます、サリー」


 あのあと私たちは王城内に潜む組織の内通者を炙り出すために、とあるうわさを流した。

 そのうわさは「首都で聖女が現れたという情報が入ったため、近々聖女を探すための捜索隊が作られ、聖女探しに取りかかるらしい」というものだ。

 なおこういった情報はこれまでにも王城に届けられていたため、組織に伝わったとしてもそれほどの危険はないだろう。

 ちなみにこれまでの聖女出現情報は、そのすべてが偽の情報だった。

 聖女は私なのだから、当然だけれど。


「サリーはもう少しここにいてください。資料を読んで質問が出てくるかもしれませんから」


「かしこまりました」


 サリー侍女長を執務室内で待たせ、ルーベンが手渡された資料に目を通し始めた。

 ルーベンが資料を手に持っているため、私の位置からも資料の文字がやや透けて見える。

 資料には、王城で働く人間の名前や役職、それに休暇を申請した日付が書かれているようだ。

 とはいえ資料を裏から見ただけでは詳細な文字までは見えないし、名前を見たところでそれが誰なのか、私にはピンとこないだろう。


「侍女だけではなく、庭師や馬丁、司祭の名前までありますね。よく集められたものです」


「勤務歴が長いことに加え、わたくしがルーベン殿下に信頼されているからでしょう。このくらいのことなら可能です。ですがご安心ください。みだりにルーベン殿下の御威光を使用してはおりませんので。わたくしにもそのくらいの分別はあります」


「そうでしたか。ところで名前だけを見ても顔の分からない者が何名かいるのですが、その者の特徴を教えていただけますか?」


「もちろんでございます」


 ルーベンも名前だけでは顔の思い浮かばない者がいるらしく、サリー侍女長に詳細を質問していた。

 せっかくなので私もサリー侍女長の説明に耳を傾けることにした。

 私がルーベンと一緒に話を聞くことでサリー侍女長ににらまれるかと思ったけれど、サリー侍女長はそういった態度を取らずに説明をしてくれた。

 案外、前にルーベンが言っていた、私の行動がサリー侍女長の警戒心を解いたという話は本当のことなのかもしれない。


 王城で働く者が多いこともあり「今週休暇申請を出した者」という条件を付けているにもかかわらず、資料に書かれた名前は十人を超えていた。

 それでも当初の、数百人規模の中から組織の者を見つけ出す途方も無さと比べると、希望が見えてきた気がする。


 説明を終えたサリー侍女長に、ルーベンが優しく微笑みかけた。


「ありがとうございます、サリー。とても助かりましたよ」


「ルーベン殿下のためでしたら、わたくしは何でも致します」


 誇張ではなく、サリー侍女長はルーベンのためなら本当に何でもやってしまう気がする。

 子どもを甘やかしすぎるタイプの乳母のようだ。

 子どもを甘やかしすぎるのは教育上良いこととは言えないけれど……そうして出来上がった人物がルーベンだから、何かが上手くはまって教育が成功したのかもしれない。

 ……いや、やっぱり駄目だ。ルーベンのサボり癖はサリー侍女長の甘やかし教育のせいだろう。

 いくら子どもが可愛くても、甘やかしすぎることは子ども自身のためにならないようだ。

 私も将来気を付けよう。


「サリー。最初にも言いましたが、この件はどうか内密に」


「はい。ルーベン殿下のお心のままに」


 甘やかし教育の主犯であるサリー侍女長が、恭しくお辞儀をしてから執務室を出て行った。



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