第27話
「私を王城から追い出そうとしたのは、ルーベンを想うゆえの行動だったというわけですね」
「…………」
相変わらずサリー侍女長は、私の言葉には応じようとしない。
唯一応じたのは、私がサリー侍女長はボケているのではないか、と煽ったときだけだ。
「サリー。ジェイミーを警戒する必要はありません。彼女は信用できる人間です」
ルーベンも、サリー侍女長が意図的に私と会話をしないようにしていると気付いたのだろう。
サリー侍女長の警戒を解こうとしてそんなことを言った。
「ルーベン殿下は、何を根拠にこの女が信じられると仰っているのですか?」
「根拠と言われると……」
上手く根拠を説明できないでいるルーベンの代わりに、私自らが信じられる根拠を提示することにした。
「私が王宮騎士団との戦闘訓練で全勝した話は、もうサリー侍女長の耳に入っているでしょうか? 口止めをしたとは言っても、同じ王城で働くサリー侍女長は知っていてもおかしくないと思うのです。サリー侍女長が嫌われ者でもない限りは」
「……ええ、聞いております」
なんだろう。サリー侍女長は煽り耐性が無いのだろうか。
扱いやすくて楽だから良いけれど。
「それならば話は早いです。もし私が良からぬことを考えているのなら、すでにルーベンを殺しているでしょう。機をうかがわずとも、私なら簡単にルーベンを殺すことが出来ますから」
サリー侍女長の口から、ヒュッと息を飲む音が聞こえてきた。
そして不吉なことを言った私をにらみながら反論を口にした。
「今、殺していないからと言って、安心は出来ません。ルーベン殿下を都合よく利用してから殺す気かもしれませんから」
「そう言われてしまうと困るところですけれど……私には王宮騎士団に全勝できるだけの実力があるのですから、ルーベンを利用するなんてまどろっこしいことはせずに、王城を力づくで制圧してしまった方が早いとは思いませんか? それをしていないのが、私がルーベンの味方である証拠です」
サリー侍女長は相変わらず私をにらみ続けているものの、先程までよりも若干鋭さが減った気がする。
「とはいえ、昨日今日来たばかりの人間を信じられないことは当然です。むしろそのくらいの警戒心のある人がルーベンの近くにいるのは、私としても安心ではあります」
サリー侍女長は私のことをじっと見つめた後、残っていた鋭さも目から消した。
「…………申し訳ございませんでした」
私の弁明がサリー侍女長に通じたのかは分からないけれど、サリー侍女長が頭を下げた。
この様子なら、サリー侍女長が今後同じような嫌がらせをしてくる可能性は低いだろう。
もし私がおかしな行動を取ったらまた嫌がらせをしてくるかもしれないけれど、私にそのつもりは無いから大丈夫だ。
「ルーベン。どうやらサリー侍女長が侍女たちに私を無視させたのは、ルーベンを失う恐怖からのようですね」
「ええ、そのようですね」
だからこれでサリー侍女長の尋問は終わり……とはいかない。
もしもサリー侍女長が組織の内通者なら、劇団顔負けの演技力を備えていてもおかしくはないからだ。
「では、サリーは下がって……」
「お待ちください」
「まだ何かあるのですか、ジェイミー? サリーが嫌がらせの犯人であること、しかし嫌がらせにはサリーなりの個人的な理由があったことが判明したと思うのですが……」
「甘いですよ、ルーベン」
きっとサリー侍女長がルーベンの乳母だという点が、ルーベンに甘い対応をさせているのだろう。
しかしそれではルーベンの命が危ない。
ルーベンが甘い対応をするのなら、その分私が厳しい対応をしなくては。
「ここまでのサリー侍女長の供述が、すべて演技の可能性があります」
「さすがにそれは……」
「絶対に無いと言い切れますか? 演技の可能性は一パーセントも無いと、確信できますか?」
「可能性がゼロかと問われれば、首を横に振らざるを得ませんが……」
ゼロではないなら、調べなくてはならない。
組織の内通者を野放しにしておくことは、私たちにとってマイナスにしかならないのだから。
「サリー侍女長に自白魔法を使っても?」
「それはちょっと」
私が自白魔法の使用許可を求めると、ルーベンが難色を示した。
ルーベンは魔法が得意なわけではないようだから、自白魔法について詳しくは知らないのかもしれない。
「ルーベンは自白魔法を使うと後遺症が残るのではと心配をしているのでしょうけれど、使用が短時間であれば後遺症は残りません。自白魔法で後遺症が残るのは、何時間にも渡って魔法を掛け続けた場合のみです。私の質問はすぐに終わります」
「う、うーん……」
ルーベンはまだ自白魔法の使用を決めかねているようだった。
私は唸るルーベンの手を握り、真剣な眼差しを向ける。
「私のことを冷酷な女だと思いました? それで構いません。今さら私はどう思われようと、そんなことはどうでもいいのです。あなたを守ることが出来るのなら。ルーベン、自白魔法の使用許可をください」
「……分かりました。使ってください」
私の熱意が通じたのか、ルーベンは渋々ながらも自白魔法の許可を出してくれた。
許可をもらった私は、懐から杖を取り出してサリー侍女長に向けた。
「キャッ」
杖から放たれた鈍色の光が、サリー侍女長に命中した。
そして小さく悲鳴を上げたサリー侍女長の目からは光が消えていく。
「私の質問に嘘偽りなく答えてください」
「は、い」
「あなたの名前は?」
「サリー・コーニッシュ」
光の消えた目に、感情のこもっていない声。
どうやら自白魔法が上手く掛かったようだ。
「サリー・コーニッシュ。あなたは、『聖女の慕情』を危険視する組織の内通者ですか?」
「いいえ」
サリー侍女長からは端的な答えが返ってきた。
「では、組織の情報を何か知っていますか?」
「いいえ」
「『聖女の慕情』については知っていますか?」
「いいえ」
そこまで聞いた私は、サリー侍女長に掛けた自白魔法を解いた。
すると自白魔法の解けたサリー侍女長の身体からは力が抜け、へたりと床に座り込んだ。そしてそのままの体勢で虚空を見つめている。
「どうやら彼女はシロのようですね」
「ジェイミー、サリーは無事ですよね?」
サリー侍女長が倒れないように身体を支えながら、ルーベンが私に聞いた。
「はい。自白魔法を解いてしばらくはボーっとしているでしょうが、それ以外の症状は出ないので安心してください。せっかくですからこの機会に乳母と二人で会話をするのもいいでしょう。無いとは思いますけれど、万が一サリー侍女長におかしな症状が現れたら、すぐに私を呼んでください」
ここまで告げた私は、ただし、と人差し指を天に向けた。
「サリー侍女長は、自白魔法が掛かっていた間のことは覚えていないでしょうけれど、覚えていないだけで経験はしています。そのため特定のキーワードから、尋問された事実を思い出す可能性があります。『聖女の慕情』や『組織』という単語は極力言わないようにしてください」
「承知しました」
仕事は終わったと私が執務室から出て行こうとすると、ルーベンに呼び止められた。
「ジェイミーは、これから何をするのですか?」
「すみません。王宮騎士団を相手にするのはさすがに疲れたので、今日はもう休ませてください」
今日はあまりにも長い一日だった。
だからもう、自室に戻って寝たいのだ。
「そうでしたね。お疲れ様でした」
「ルーベンもお疲れ様です」
* * *
来賓室に戻った私は、エディットを下がらせて一人でベッドに寝転がった。
それにしても、今日はとてつもなく長い一日だった。
「サリー侍女長は、組織とは関係なく、ルーベンを守るために私を追い出そうとしたのね」
息子のように愛するルーベンのために。
「『聖女の慕情』は聖女が愛する相手にだけ与えられる能力だけれど……似たようなものは、誰しもが愛する相手に与えているのかもしれないわね」
愛する者が幸せになれるよう、不幸の原因を遠ざけて、幸せへの道を与えようとする。
方法は間違っていたとは思うけれど、サリー侍女長もルーベンが幸せな道を歩めるよう、私という不幸から遠ざけようとしていた。
「愛って、すごい力よね」
『聖女の慕情』のように、分かりやすく何でも可能になる力を相手に与えるわけではないけれど、それでも愛ゆえにたくさんのものを相手に与えているはずだ。
見返りも要求せず、ただただ与えている。
愛は合理性からほど遠く、それゆえに可能性に満ちたものなのかもしれない。
「……って、愛について考えている場合じゃなかったわ」
今日一日でやるべきことが決まった。
私が魔法使いだという印象を付けて聖女の可能性を否定し、王宮魔法使いたちとともに結界を張りながら、組織の内通者を探す。
王城内にいるであろう組織の内通者を見つけたら、組織のアジトも分かるかもしれない。
そうしたら、一気に組織を叩く。
……あっ。
組織を叩くまでに、王宮騎士団を鍛えておかないと。
「明日からも忙しくなりそうね」
私は枕に顔を押し付けると、そのまま深い眠りに落ちてしまった。
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