第26話


「……と言うことで、サリー侍女長が組織の内通者ではないか、確認をしたいのです」


 ルーベンの執務室でエディットから聞いたサリー侍女長の話を伝えると、ルーベンが難しい顔で唸った。


「まさかサリーがそのようなことをするなんて……いえ、まだ疑惑の段階ではありますが……」


「そうですね。エディットが嘘を吐いている可能性もありますね。自白魔法を使って確認しておけば良かったです」


「気軽に自白魔法を使おうとしないでください」


「冗談ですよ。取扱注意の魔法ですからね。きちんとルーベンの許可を得てから使うことにします」


 自白魔法を掛けられた相手は、嘘を吐くことが出来なくなる。

 そのため自白魔法は尋問に最適な魔法だ。

 しかし欠点として、長時間の自白魔法の使用は脳に与えるダメージが大きく、後遺症が残る場合がある。

 短時間の使用であれば後遺症は残らないけれど、どの程度の時間で後遺症が残るのかは個人差があり、一概にどのくらいの時間なら平気だと断言することが出来ない。


 そのため自白魔法が倫理的にも良い魔法とは言えないことも相まって、この国では使用時間ではなく、自白魔法そのものに使用制限がかけられている。

 ……とはいえ王子であるルーベンがいれば、簡単に使用許可が下りてしまうのだけれど。


「ジェイミーに嫌がらせをしようと計画したのが誰であれ、気分を害してしまい、申し訳ありませんでした。王城でこのようなことが起こるなんて、恥ずかしい限りです」


「このくらい何ということもないですよ。殺されたわけでもあるまいし」


 私がからからと笑ってみせると、ルーベンが複雑そうな表情を浮かべた。


「ジェイミーは人生を繰り返したことで、肝が据わりすぎてしまったようですね」


「そんなことはありませんよ。毎日ビクビクしながら生きています」


「……とてもそうは見えませんよ」


 私はルーベンには一体どんな風に見えているのだろう。

 『聖女の慕情』と組織の話を聞いてから、私は毎日ルーベンが殺されないかビクビクしているのだけれど。


「……と、それはさておき。さっそくサリー侍女長を尋問しましょう」


 私の提案に、ルーベンはすぐには頷かなかった。


「サリーは俺の乳母でもあるのです。彼女が組織と繋がっているなんて、考えたくもありません」


 平民の私にはよく分からない文化だけれど、王族や貴族は子どもの面倒を乳母に見てもらうらしい。

 そのため乳母に対して母親のような感情を抱く子どもも多いのだとか。

 ……母親代わりの人間が、自分を殺そうとしている組織と繋がっているなんて、考えたくも無いのだろう。

 しかし考えたくないからと言って尋問をしないでおくことは、悪手としか思えない。


「それなら今回でハッキリさせましょう。乳母を疑ったままでいるのは、ルーベンも辛いでしょう?」


「……そうですね。今回潔白が証明されれば、これからはサリーを疑わなくて済みますよね」


 サリー侍女長が組織と繋がっていた場合は、疑うどころかクロが判明してしまうけれど。


 私はその言葉を口には出さず、ただ黙ってルーベンのことを見守っていた。




 執務室にやってきたサリー侍女長は、私の姿を見て若干目を細めた。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに何事も無かったかのように真顔に戻った。

 なかなかのポーカーフェイスだ。


「サリー。どうして呼ばれたかは分かっていますか?」


「……いいえ」


 ポーカーフェイスを崩そうとしないサリー侍女長のことを、あえて煽ってみる。


「まあ! 呼ばれた理由が分からないなんて。もしかしてサリー侍女長は、ボケが始まっているのではないでしょうか」


「……ボケ?」


 サリー侍女長の顔がひくりと引きつった。

 どうやら簡単に崩れるポーカーフェイスだったようだ。


「だってそうでしょう? サリー侍女長は今日自分が何を命令したのかも覚えていないのですから」


「…………」


 うーん。ポーカーフェイスを崩すことが出来たとは言っても、さすがに自白まではしてくれないか。

 どうやって口を割らせるのが良いだろうか。


「サリーは、侍女たちにジェイミーの呼び出しを無視するように命令していたそうですね?」


 何も言わないサリー侍女長に、ルーベンが問いかけた。

 口を閉ざして下を向くサリー侍女長に、私からも追撃をする。


「サリー侍女長はどうしてそのような命令を出したのですか? 私が平民出身だからですか?」


「…………」


「理由を教えてください。何も言わないなら、このまま解雇されることになりますよ」


 解雇の話なんて一切出ていないけれど、口を割らせるためにそんなことを言ってみる。

 これをルーベンは肯定もしなかったけれど、あえて否定もしなかった。


「反論しないところを見ると、サリーが侍女たちに命令を出したことは事実のようですね」


「…………」


「サリー、教えてください。理由があるなら聞きたいのです」


 サリー侍女長はルーベンのことを見つめた後、ぼそりぼそりと言葉を紡ぎ始めた。


「……わたくしは、ルーベン殿下が赤ん坊の頃から、健やかな成長をお傍で見守ってきました。乳母として殿下のお世話をしたことは、わたくしの誇りであり、宝物のような思い出です。実に素晴らしい日々でした……畏れ多くも、殿下に母性に近い感情を抱いてしまうくらいには」


 サリー侍女長は昔を懐かしんでいるのだろう。穏やかな顔で、ほうと息を吐いた。

 しかし次の瞬間。

 サリー侍女長は、穏やかな笑みを酷く歪んだものへと変えた。


「そんなルーベン殿下が、いきなり平民の怪しい女を連れてきたとあっては、警戒もします! 森で瀕死の殿下を見つけて介抱するだなんて、出来過ぎているではありませんか! きっと暗殺未遂事件にはそこの女も一枚噛んでいたのです。それでいて、恩人という形で殿下に近づいたのです。そうに違いありません!」


 サリー侍女長が、鋭い眼光で私をにらんだ。

 そしてルーベンへと視線を戻す。


「暗殺に関与するような女は、ルーベン殿下のことが用済みになったら、また暗殺を目論むに違いありません。わたくしはそれが我慢ならないのです。殿下が殺されるなんて、そんなことは絶対にあってはいけません! この前の暗殺未遂事件のときも、わたくしは心配で心配で、ご飯が喉を通りませんでした」


 サリー侍女長の目には涙が浮かんでいる。

 涙でルーベンの同情を誘って罰を軽くしてもらおうと……しているわけではなさそうだ。

 サリー侍女長の顔には悲痛な感情が色濃く出ている。

 これが演技なら、どこの劇団でもトップ女優になれるだろう。



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