悪役フィランソロピィ 〜大物奴隷商人の息子に転生した俺、原作を無視して好き勝手した結果、ヤンデレ最凶集団に襲われる〜
傘
第1話 目覚めたら産業廃棄物だった件
「あいたたたたた……、いってえっ、っ?!どこだ、ここ?!」
頭蓋を内側からハンマーで殴打されるような酷い頭痛と共に、俺の意識は覚醒した。
重いまぶたをこじ開けると、視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井だった。
安アパートのシミだらけの壁紙ではない。重厚な木材で組まれた天蓋付きのベッドの上で、視線を巡らせれば、見るからに値が張りそうな豪奢な調度品が所狭しと飾られている部屋が広がっている。
頭痛のせいで思考がまだらにしか繋がらないが、記憶の糸を手繰り寄せる。確か昨夜、クソ上司に理不尽極まりない緊急案件を押し付けられ、「これを朝までに仕上げなければ、君の将来がどうなるか、わかっているね?」などという古典的なパワハラ台詞を吐かれたはずだ。
俺はエナジードリンクという名の合法的な寿命の前借りを数本キメて、泥沼のような三徹目に突入した──そこまでは覚えている。
気づけば意識を失っていたようだ。 信じ難い現状に、一瞬、これは質の悪い夢ではないかと疑念を抱く。だが、脳の奥を鋭利な刃物で抉られるような疼痛に加え、全身の皮膚が悲鳴を上げるような物理的な打撲の痛みが、これが紛れもない現実であることを残酷なまでに突きつけてくる。
(……まあ、もうこの際、仕事のことなんてどうでもいいか)
思考の片隅で、そんな投げやりな感情が湧き上がる。俺がいなくなったことで、あのクソ上司が泡を食って困り果てている様を想像すると、少しばかり溜飲が下がる思いだ。
それよりも、だ。部屋の異様なまでの高級感が気にかかる。アンティークな品々に囲まれた空間の端に、姿見らしき巨大な鏡が鎮座していることに気づいた。
俺は痛む体に鞭打ち、ふらつく足取りで鏡の前へと移動する。そして、そこに映し出された己の姿を確認し、愕然とした。
そこにいたのは、俺ではなかった。 見覚えがある、いや、見覚えがありすぎる顔だった。
「?!っ、うそだろ……、これって」
鏡に映る顔は、前世で死ぬほど目にした、憎たらしいほどに整った美貌だった。若干吊り気味の不遜な赤目に、濡れ羽色のごとき艶かしく黒い髪。鏡の中の人物はおそらく十歳ほどの少年だが、将来的にすらりと伸びるであろう均整の取れた体躯が約束されている。
一発、いや十発くらい全力で殴りつけてやりたい衝動に駆られるが、それが現在の自分の肉体なのだと気づき、二重の意味で絶望の淵に叩き落とされた。
一度くらいは思い切りぶん殴ってやりたいと願っていた顔が、まさか自分のものになってしまうとは。運命とは、かくも残酷な皮肉を弄ぶものなのか。
そう、俺はあの大人気RPG『フォボスの末裔』に登場する、アルフォンス=オソワ=レルウに転生してしまっていたのだ。
『フォボスの末裔』は、剣と魔法の異世界ファンタジーを舞台に、復活した魔王という巨悪を、勇者とその仲間たちが討ち倒すという王道中の王道ストーリーを描いたRPGである。 生前の俺の学生時代に一世を風靡したゲームであり、当然の嗜みとして、俺も友人たちと朝から晩までコントローラーを握りしめた記憶がある。
一度ハマったら骨の髄までしゃぶり尽くす性格の俺は、何百何千通りと分岐する物語を全ルート踏破し、いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように(つまり5W1H)を完全に暗唱できる域にまで達していた。
その膨大な物語の中で、アルフォンスという男は、どのルートにおいても必ず序盤から中盤にかけて出現する、大物奴隷商人のドラ息子である。
レルウ家は代々、非人道的な奴隷商売とその労働力を違法に酷使した鉱山開発を家業とし、莫大な富と歪んだ権力を築き上げてきた、正真正銘の悪徳貴族であった。
このアルフォンスという男、物語のスムーズな進行を阻害するだけの存在であり、努力は一切しないくせに、生まれ持った有り余る魔術の才能だけで威張り散らかす、暴君かつ傲慢の権化。
一言で評するならば、産業廃棄物のような人物であった。 そして、どのルートに進もうとも、最終的にはその悪行が露見し、斬首刑となって無様な死を遂げる運命にある。
そんな破滅確定のクズ男に転生してしまった。俺は改めて絶望に打ちひしがれる。
(どうする……。このままシナリオ通りに進めば、俺の首は物理的に飛ぶぞ?)
冷や汗が背筋を伝う。思考をフル回転させ、生存戦略を模索し始めた、その時だった。
コン、コン、と。 部屋の豪勢な扉を、恐る恐る、遠慮がちにノックする音が響いた。
俺はビクッと過剰に反応して体を強張らせる。小市民根性が染み付いた前世の習性だ。 いかんいかん、と自戒する。俺は今、傲慢な貴族のドラ息子なのだ。ごほんと一つ咳払いをし、悪役らしい尊大な返事をしようと喉を鳴らす。
「は──」
「入れ」と言おうとした矢先、それを待たずに扉が静かに開かれた。
そこには、一人の少女が立っていた。
俺と同じくらいの年齢だろうか。若干吊り目気味だが、整った顔立ちの美少女だ。流れるように扇情的な青髪をミディアムヘアに切りそろえ、その姿は異様に若く、そして美しかった。
手には清潔なタオルと、水の入ったボウルのようなものを恭しく捧げ持っている。
そこで俺は合点がいった。この頭部の激痛と全身の打撲は、昨日、この体の持ち主であるアルフォンスが何かしらの癇癪を起こして暴れ回り、派手にすっ転んだか何かで負傷した結果なのだろう。そして彼女は、その介護のために、朝も早くから俺の世話をしようとやって来たメイドなのだと推察した。
しかし、彼女の表情は暗く、瞳に光がない。焦点が定まっておらず、疲労を隠すように無理に背筋を伸ばして気丈に取り繕っていることが、痛いほどに見て取れた。
そして彼女は、ベッドのそばに立つ俺の存在に気づき、はっとしたように息を呑むと、慌てて深々と一礼した。
「?!も、申し訳ありません!起きていらっしゃるとは思わず……!」
口にする言葉とは裏腹に、彼女の細い体は小刻みに震え出し、顔色は一気に蒼白になった。まるで捕食者を前にした小動物のようだ。
(ふうん、これがこの家での”普通”なんだな──)
俺は冷めた目でその光景を分析する。主人に怯える使用人。本来、望んで仕えるはずのメイドが、これほどまでに恐怖に支配され、取り乱し、目を背けたくなるほどの劣悪な環境を作り上げてきた、このレルウ家という存在に、強烈な吐き気を催す。
彼女は、俺が怒鳴り散らかすとでも思ったのだろう。もしかしたら、些細なことで解雇され、路頭に迷う未来まで想起してしまったのかもしれない。あまりに哀れで、見ていられなかった。
「安心しろ──」
気つけば、俺の口からそんな言葉が漏れていた。俺は自然な動作で彼女に歩み寄ると、その震える華奢な肩にそっと手を置いた。
「少し、早起きしただけだ」
努めて穏やかな声色で、彼女を安心させるように告げる。彼女はいきなりの俺の行動に、びくりと大きく体を揺らした。だが、俺の言葉の意味を理解すると、張り詰めていた糸が切れたように、微かに息を吐いた。震えは完全とは言わないまでも止まり、蒼白だった頬にわずかながら生気が戻る。俺も内心でホッと胸を撫で下ろした。
(ま、俺が安心させたのは、後でお前らと仲良しこよし楽しいことをするためなんだけどな!)
などと、取って付けたような悪役思考で自分の行動を正当化しつつ、俺は次の言葉を待った。すると、メイドは困惑したように、おずおずと口を開いた。
「それでご、ご主人様、お着替えはどう、いたしますか……?」
「ん?そんなんいらねえ──」
「えっ?」
「あ、ごほん。────いらない」
「ええと……」
「いらない」
「っ、は、はい。承知しました……」
いけない、つい素が出てしまった。悪役たるもの、言葉遣いは常に尊大でなければ。俺は誤魔化すように、わざとらしい咳払いを挟んで言葉を続けた。
「お前、そういえば名前は何という?」
純粋な疑問だった。こんな目を引く美人が、『フォボスの末裔』の本編には一切登場していなかったからだ。モブにしてはキャラが立ちすぎている。
「っ?!え、私の名前、でしょうか?」
「ああ、お前以外に誰がいる」
「わ、私の名前は……アサギと申します……」
「そうか、アサギか。──うむ、いい名前だな」
「────っ!」
それは決してお世辞ではなかった。本当に、心からそう思ったのだ。
アサギ。浅葱色。彼女の髪の色はもう少し濃く、深みのある青だが、どこか落ち着きを感じさせる柔らかい色彩だ。こんな美しい髪色は、前世ではお目にかかったことがなかった。素直に美しいと感じた感動を、そのまま言葉にしただけだった。
(……というか、こんな感じの返し方でいいのか?)
内心で冷や汗をかく。悪役ムーブとしては、少々ヌルすぎたかもしれない。もう少しキツめに当たったほうが、この後の「改心イベント」的にも効果的だったか?
不安になり、ちらりと彼女の方を窺うと、アサギは呆然と立ち尽くし、信じられないものを見るような目で俺を凝視していた。
(あ、これ、逆に怪しまれてるやつか?!)
急なキャラ変は警戒心を招く。俺は慌てて悪役の仮面を被り直した。
「おい、アサギ。何をぼーっとしている。俺はお前を許すが、お前は主人の返事も待たずに部屋に入ってきたんだ。普通だったら、ただでは済まされないぞ。わかっているな?」
ドスの利いた声を意識して低い唸り声をあげると、彼女の表情は再び強張った。
────よし、こんな感じか。
「……次はないぞ」
捨て台詞のように言い放ち、俺は逃げるように部屋を出た。
廊下に出て、一つ大きくため息をつく。ふう、悪役の演技というのも、なかなかに骨が折れるな。だが、俺は斬首刑というバッドエンドを回避するためにも、これまでのアルフォンスの行動を改める必要がある。かといって、急に聖人のように振る舞えば、周囲から狂ったと思われるか、何かの罠かと疑われるのがオチだ。
それならば、方針は一つ。悪役を演じつつ、裏で着実に力をつけ、奴隷たちを利用して最強の座に登り詰めるのだ。原作主人公ですら手出しできないほどの、圧倒的な「個」と「組織」の力を手に入れる。それこそが、唯一の生存戦略だ。
そう固く決意した俺だったが、まさかその結果、あんなヤンデレ集団に愛され、襲われる未来が待っていようとは、この時の俺は夢にも思っていなかったのである。
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名前/アルフォンス=オソワ=レルウ♂
種族/人間
年齢/10
レベル (Level) Lv Lv 15
爵位 (Peerage) PEE 伯爵
RANK
【A】 HP(Hit Point) 8000 / 10000
【S】 MP(Magic Point) 5000 / 5000
【E】 STR 筋力 304
【D】 INT 知性 1339
【E】 DEX 敏捷 325
【E】 LUC 幸運 55
【S】 CHA 魅力 189 / 100 ※平均100としたときの相対値
INDIVIDUAL・SKILL(IS) 固有スキル
『強奪魔法Lv.5』
『創造魔法Lv.2』
『全属性魔法Lv.1』
☆New!『治癒魔法Lv.1』
☆New!『偽装魔法Lv.1』
『』『』『』
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