幻想の果てに

南賀 赤井

プロローグ

窓から差し込む午後の光は、いつも佐藤仁の部屋の中途半端な散らかり具合を容赦なく照らし出していた。彼の人生は、この埃っぽい光景と酷似している。特に目立った才能もなければ、情熱を注げる趣味もない。社会のレールの上を歩いているつもりだが、足元は常にふらついていた。


「また、この感じか」


仁はため息をついた。それは、現実の重さからくる、漠然とした息苦しさだった。子供の頃から感じていた、自分だけが世界から切り離されているような孤独。必死に笑顔を作って、周りに合わせて、プレッシャーに耐える日々。しかし、その全てが張り子の虎のように崩れ落ちそうになっていた。

その夜、ベッドに入った仁はすぐに深い眠りに落ちた。いつものように暗く、形のない夢の中を漂うはずだった。


しかし、その夜は違った。

夢の中で彼は、まるで水面から顔を出したかのように、意識を取り戻した。


足元には、柔らかく光る芝生。頭上には、現実では見たことのない、澄んだ群青色の空が広がっている。そして何よりも驚いたのは、周囲の全てが、五感を揺さぶるほど鮮明でリアルなことだった。


「これは……夢、なのか?」


彼は手のひらを開閉し、自分の身体を動かしてみる。意識は冴え、思考は明瞭だ。この世界を、自分の意思でどうにでもできるような、途方もない自由を感じた。


仁は、この新しい世界の光と色彩の中に立ち尽くした。現実の重力から解放された魂が、どこまでも飛んでいけるような感覚。


目覚めない方が、どれほど楽だろう。


彼は無意識にそう思った。その瞬間、彼の背後で、優しくも確固とした声が響いた。


「ようこそ。あなたは、やっとこちらに来てくれたのね」


声の主を探して振り返った仁の目に映ったのは、この鮮やかな夢の世界でさえ、一際目を引く、光を纏った美しい女性の姿だった。


彼の「幻想の果て」への旅は、こうして始まった。

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