腹心の友

 異世界の贅沢の余韻を楽しみ、暖かな紅茶で冷えた体を温めながら、王太子妃候補達のお茶会は緩やかに続いている。


 「お気に召していただけて光栄ですわァ♪」


 「ええ、この国では冷たいものはお酒以外は摂る機会が少ないので新鮮でした」


 ゲルダから特別に許可をもらい、給仕後にローラの隣でお茶を楽しんでいたモモが、いたずらそうに目を細める。


 「あのアイスクリームも、スノードロップ公爵令嬢ならお作りできますのよ?」


 「……そうなの?」


 「ええ、ようは卵や乳を砂糖と共に冷やし固めて作るので、凍らせる力のある貴女なら、いくらでも作れますわ」


 ゲルダが、そっと手元に目を落とす。

 そして自嘲するように微笑んだ。


 「わたくしの魔法も、そんな使い方が出来たのね」


 噂に聞いたことはある。

 ゲルダの『氷結の魔法』は攻撃性が高く、コントロールも難しいため中々人前に出さないのだという。


 「わたくしの魔法を、そんな使い方が出来ると言ってくださった方は貴方が初めてです」


 「スノードロップ公爵令嬢……」


 「良い教育係を持ちましたね、ブロッサム伯爵令嬢」


 モモが、慈愛に満ちた黒の瞳を細める。


 「……魔法は使う者の『夢』や『精神の強さ』で決まるものよ。

 こういう使い方がしたいと思って使っていれば、少しずつそのようになるわ」


 「……公爵令嬢たるわたくしに、説教なんていい度胸ですわね」


 ゲルダが乾いた笑みを張り付ける。

 僅かに軋んだ空気を前に、ローラがそっと口を開く。


 「恐れながら……先生のはお説教じゃなくて、アドバイスです。

 私も、自分なりに『夢』を叶えようとしているところですよ」


 「『夢』ですか」


 「はい。 お友達を作ることです」


 「……ふふ、なんですかそれは」


 「これでも真面目に話しています」


 モモの言葉に少し険しい顔をしていたゲルダが、フッと体の力を抜いた。


 「ブロッサム伯爵令嬢。 わたくし、本当はずっと貴女に憧れていましたの」


 「――えっ?」


 花の可憐な意匠のティーカップの、水面に映る自分の像を見下ろしながらゲルダは続ける。


 「わたくしは誇り高きスノードロップ公爵家の令嬢。

 父や母、兄の期待に応えられるよう努力しておりました」


 その並々ならぬ努力とその成果はローラもよく知っている。


 冷徹なクールビューティー、『氷雪の薔薇』と呼ばれながらも、己を厳しく律しながらゲルダは『王太子妃に一番近い令嬢』として社交の場に君臨し続けていた。


 「……わたくし、本当は可愛いものが大好きなの。

 ぬいぐるみも、パステルカラーのドレスも、甘いスイーツも、似合わないと思っても諦められなくて、こっそり集めたりしていたわ」


 緑の瞳が、ローラの青い瞳と交差する。


 「だから、それが似合う春の妖精のような貴女が羨ましくて、初めてお会いした時から本当は仲良くしたいと思っていたの」


 「まあ……」


 ゲルダの独白に、ローラの胸に湧き上がる感情は複雑だ。


 「それは、その……嬉しく思うのですが」


 「貴女の口下手は今に始まった事ではありません」


 「むぅ……」


 胸中に沸く罪悪感を言い当てられてしまい、ローラは口をつぐむ。


 気を悪くしているわけではないようで、可笑しそうにゲルダが微笑んだ。


 「ですから、貴女から取り持って下さったこの縁は、わたくし大切にしたいと思っていますのよ」


 「スノードロップ公爵令嬢……」


 ティーカップをソーサーに戻したゲルダが、ゆるりと首を傾げる。


 「ゲルダと、お呼びなさい」


 「え……?」


 「わたくしの名を呼ぶ権利を、差し上げますわ」


 令嬢を名で呼ぶのは、親しさの証拠だ。


 じんわりと体の芯が優しい熱を持つのを感じながら、ローラは紅潮した頬を押さえながらこくりと頷いた。


 「……私も、初めてお会いした時からずっと、貴女に憧れておりました」


 「……そう」


 ゆったりと、省略せずにローラは己の気持ちを紡ぐ。


 気恥ずかしそうに頬を染める様子をゲルダも、そして隣のモモも微笑ましく見守っている。


 「わ、私も貴女との縁を大切にしたいと思っております……ゲルダ様」


 吐き出した六年分の想いは、しっかりとゲルダに伝わったようだ。


 今まで氷のように冷たく、恐ろしいとさえ感じていた『氷雪の薔薇』は、雪解けを思わせる柔らかな微笑を浮かべていた。


 「ありがとう、ローラ。

 今まで話せなかった事を、これから沢山お話したいわ」


 それはローラの夢が、叶った瞬間であった。

 青い瞳がわずかに潤むのを感じながら、ローラは力強く一つ頷いた。


 「良かったじゃないローラ、夢が叶ったわね♡」


 「先生……ありがとうございます」


 ニコニコと自分事のように喜んでくれるモモの視線は優しいものだ。


 それは生徒を守る教師のような、子を見守る親のような、包み込むようなものだ。


 「じゃあ、次のやりたいことも探してみましょうか」


 「え、もうですか?」


 「当たり前よン♡ 乙女たるもの貪欲でいなくちゃ!」


 「先生はちょっと貪欲すぎませんか……?」


 「んふふ、アタシはベテランの乙女だもの♡」


 「それは、年増というのでは?」


 「んまァ、チクチク言葉通り越してズバズバ言葉じゃなァい!」


 軽い口調のモモと、それに困惑しているローラのやりとりがおかしいのか、ゲルダが口元を手で隠しながらクスクスと笑っている。


 その指先には、先日ローラが塗ったアプリコットのネイルがキラキラと輝いていた。

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