リコ・パンプキンス男爵令嬢

 この国では、魔法が使えるということが貴族の一種のステータスとなっている。


 それが平民の身であっても、一定以上の魔力を持ち魔法が使えることが証明されれば、一番地位の低い男爵の立場ではあるが爵位を与えられ、貴族の仲間入りとなるのだ。


 リコ・パンプキンスも、元は王都に住まう靴屋の娘であったが今年の冬に突如癒しの魔法を使えるようになり、貴族の仲間入りをした令嬢だ。


 父親は靴職人らしいが、現在はオスマンサス侯爵家が行っている商会で貴族御用達の靴を作っているらしい。


 (この国では癒しの魔法の使い手も希少だから、『聖女』だなんて持て囃されてるけれど……)


 当の本人はいつもオドオドしており、その肩書きを持て余しているようにも見えた。


 「ちょっと貴女、どうしたの?」


 先に動いたのはモモだ。

 ハンドバッグから、ローラに貸したものとはまた違う柄のハンカチを取り出しながらリコへと手渡す。


 「へ……!?

 あ、ありがとうございます……」


 突如現れた筋骨隆々な淑女に大きな目を更に大きく見開いた後、リコは素直にハンカチを受け取る。


 しゃくり上げながらハンカチで目尻を拭うリコに、ローラは悩みながらも声を掛ける。


 「何か……あったのかしら?」


 ゲルダからは不機嫌そうなオーラが醸し出されており、声を掛けづらい。

 リコは、黒猫の刺繍のされたハンカチを握り締めたまま、またポロリと涙をこぼす。


 「ご、ごめんなさい……あたしが悪いんです。

 あたしがグズだから、スノードロップ公爵令嬢のご機嫌を損ねてしまって」


 もしかして、何かゲルダに辛く当たられたのであろうか。


 何かあったのかを伺うようにゲルダへと視線を向ければ、彼女は片目を細めて居丈高に切り返した。


 「別に、私はただ『身分の低い者から身分の高い者に話し掛けるのは失礼だ』、『婚約者のいる高貴な異性と交遊を持つのは辞めたほうがいい』と諭しただけよ」


 「そう、ですか……」


 「んま、正論ねェ」


 想像以上にストレートにやっていたようだ。

 だが、同時にこれは虐めなどではなくゲルダなりの窘め方なのだということも理解できた。


 「――これは、どういうことだ!」


 このややこしい時に、一番ややこしい人物が来た。


 顔を顰めそうになったのを堪えて振り返れば、そこには王妃と同じ、華やかな金の髪に橙色の瞳の美丈夫が、血相を変えてこちらへと駆け寄ってきた。


 「オータム王子……」


 ポロポロと涙を流すリコの小さな唇からこぼれたのはこの国の王太子、オータムナル殿下の愛称だ。


 無論、その名を呼ぶのを許されるのは王妃などの親族や、余程親しい間柄の人物しか居ない。


 「ゲルダ、ローラ!

 お前達、さてはまたリコを虐めたな!?」


 虐めるも何も、今話し掛けたところです。

 額に青筋を立てて鋭い声で糾弾するオータムナルに、ローラはそっと溜息をつく。


 この王子様、弱い者虐めが嫌いで正義感が強い事は良いのだが、些か独り善がりというか、一方的にしか物事を見ない悪癖が有る。 


 「お前達の事だ、寄ってたかってリコを詰っていたのであろう!

 リコのこの清らかな涙が何よりの証拠だ!!」


 「ゲルダ様は、パンプキンス男爵令嬢に淑女としての嗜みをお教えしていただけですよ」


 「あの、その……ブロッサム伯爵令嬢のおっしゃる通りで……」


 「黙れ! どうせ、か弱いリコに強い言葉で攻撃して憂さを晴らしていただけだろうが!

 それが淑女の嗜みとは貴様はどこまで性格が悪いのだ、ローラ!」


 どうして、そうなるのだ。


 ゲルダを庇おうと前に出たローラは、自分のお人好しな性分を心底後悔した。


 リコを庇うように前に立ち、穏やかな声で「大丈夫だ、私に任せろ」と微笑むオータムナルは、ローラには自らの正義に酔っているように見える。


 そんな二人を見るゲルダの目は、冷やかだ。


 「私はただ、貴族の令嬢として初歩的な事をお伝えしただけでしてよ。

 ……婚約者が居る異性に色目を使うなんて、嫁の貰い手が無くなるから辞めておいたほうが良いに決まっているでしょう?」


 「わァお、やるわねあのお嬢様……」


 ゲルダの言い分は正しい、しかし容赦というものが一切無かった。


 モモは見直した、とばかりに口元に手を当てるが、リコの榛色の瞳はショックでみるみるうちに潤んでいく。


 「ひ、酷い……色目だなんて、そんな」


 「ゲルダ、お前は何故意地の悪い事しか言えぬのだ!?

 リコは母上のお茶会に呼ばれず傷心だったから、私がこの薔薇の園への散策に招いたのだ!」


 「まあ、殿下らしいお話ですこと」


 軽く肩を竦めたゲルダが、涼しげなグリーンの瞳を細める。


 貴族でも一番身分が低い男爵令嬢であるリコが、王妃主催の茶会に呼ばれるなど、逆立ちしてもありえないことくらい分かるはずだ。


 「王太子妃候補が、性格の悪い『氷雪の薔薇』と『風花令嬢』だなんて……母上もどうかしている、早く白紙にして城から追い出せばいいものを!」


 先程までリコと共に愛でていたであろう、庭園の花を咲かせているのはその『風花令嬢』であるローラなのだが知っているのだろうか。


 「……お話になりませんわね」


 ブルネットの長い髪が風になびく。

 指先で揺れるスカートの裾を押さえながら、ゲルダは厳しい視線をオータムナル王太子と……その後ろのリコに送った。


 「私は殿下がパンプキンス男爵令嬢とどんな関係を築こうが興味は有りません。

 ですが、もし彼女と関係を続けられるのなら愛妾程度にされることをオススメしますわ」


 「な……ゲルダ!!」


 明らかに怒気を孕んだオータムナルから素知らぬ顔で視線を外したゲルダが、ローラに向き直る。


 「貴女も、こんなところで油を売らずにお帰りなさいな。

 ……酷い顔でしてよ」


 「……ご忠告、感謝いたします」


 淑女の矜持か、見事なカーテシーをもってこの場の挨拶としたゲルダは、オータムナルの怒声をも受け流して颯爽と庭園を後にする。


 怒りを孕んだオレンジの視線が、ローラにスライドする。


 「おい、ローラ……」


 「ンまぁローラ様!

 そろそろ王太子様へのご挨拶をしなければ、後の予定に差し支えましてよ?」


 しかし、素っ頓狂なまでに明るいモモの声が、オータムナルの八つ当たりを弾いた。

 オータムナルも、自分よりも図体がでかい奇天烈な格好の大男の存在に今更気付き、唖然としている。


 「それでは私も失礼致します。

 ごきげようオータムナル殿下、それにパンプキンス男爵令嬢」


 渡りに船だ、乗らないわけがない。

 ゲルダに言われて更に重くなった気がする身体に鞭打ちながら、ローラはカーテシーを取り、静かな足取りで踵を返したのであった。

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