第13話 ダンジョンの麦畑

「さ、ジェイドを揶揄うのもこのくらいにして先に進みましょう!トール、麦畑の方角はどちらかしら?」

「あちらの方角です。広場のようになっていますが。右方向に壁沿いを歩いていくとすぐに見えてきます」

 トールの示した方向に再び歩を進める。

 然程時間もかからずに黄金にたなびく麦畑が見えてきた。

「……うちの領民が作っている麦畑より、状態が良いように見えるわねぇ」

 複雑そうな表情のフリージアの言う通り、穂にぱんぱんに身が詰まっており、かなり良いものに見える。

「少し刈り取ってみましょう」

 マリーが進み出て麦を一束掴もうとする。その様子にハッとしてフリージアが振り返った。

「マリー! 駄目よ無防備に近づいては!!」

「え……きゃああ!?」

 途端にマリーの目の前の麦の陰から、虫の魔獣、マッドグラスホッパーが飛び出した。

「マリー!」

 マリーの一番近くに居たトールが、マリーの腕を掴んで引き寄せる。魔法で排除しようにも、マッドグラスホッパーとマリー達の距離が近すぎる。マッドグラスホッパーはさらにマリー達に距離を詰めてこようとした。

 と、トールがマッドグラスホッパーを蹴り飛ばし、マッドグラスホッパーはダンジョンの壁に叩きつけられる。

 しかしトールは魔力を扱えない。トールの攻撃では魔獣にダメージを与えることは出来ない。マッドグラスホッパーは起き上がり、少し身体を震わせ、再びこちらに向き直った。

「……?」

 その動きにジェイドが違和感を覚えている間に、アザレアがマッドグラスホッパーに向けて魔法を放った。

「フレア=スパーク!」

 その魔法はマッドグラスホッパーに命中し、マッドグラスホッパーは燃え尽きた。

「二人とも大丈夫!?」

 フリージアがマリーとトールのもとに駆け寄る。

「だ、大丈夫です……申し訳ありません、不用意なことをして」

「いいえ、私も事前にちゃんと説明しておくべきだったわ」

 ジェイドもトールに声を賭ける。

「見事な蹴りだったな?」

「以前ジェイド様に教えていただきましたからね」

 過去、サレンディスとの事件があった後、回復したトールに戦闘能力を身に付けたいとジェイドは相談されたのだ。

 トールは魔力を使えない以上、サレンディスとやり合うのは最初から無理がある。そう言って止めたのだが、身のこなしだけでも身についていれば殴りかかられてもかわせたはずだとトールは主張して諦めなかった。さらに怪我が治っても利き手の握力を失ったトールは剣を持つことも出来なくなってしまったため、ジェイドは前世の空手をトールに教えることにしたのだ。ついでにジェイドは会社勤めだった頃、ストレス解消にキックボクシングも習っていたのでそちらと、動画配信サイトでみた徒手空拳系の格闘技も見様見真似で仕込んだ。

 結果、身体強化さえ使えれば魔獣と勝負できそうなレベルになってしまっている。

「身体強化さえ……いや、さっきの魔獣……」

「どうかしましたか?」

 魔力の通っていない攻撃では魔獣には全くダメージが入らない。これはこの世界において絶対に変わらないルールだ。崖崩れに埋まった魔獣がピンピンして土の下から出てきたなんて例も確認されている。

 でも、先刻トールが蹴ったマッドグラスホッパーは、立ち上がる時身体を震わせダメージを確認するかのような動きがあった。

「母上、アザレア。ちょっと良いですか?」

「あら、どうしたの?」

「先ほどのマッドグラスホッパーですが……」

 二人にジェイドが見たことと疑問を説明すると、心当たりを説明してくれた。

「多分、壁に当たったダメージね」

「ダンジョンにはぁ、物凄く大きな魔力が流れているらしいんですぅ。ほら、人間同士だと魔力を使ってない人や少なくしか使えない人が魔力を多く使っている人にダメージを与えられないでしょう?それと理論的には同じで、ダンジョンのストラクチャー属性のものは強大な魔力で覆われているので、人間の扱える魔力程度では壊せないってことなんですぅ」

「はー、成程」

 流石貴族学院の成績優秀者達である。いくら貴族がダンジョンを管理する義務があるとはいえ、女性は基本その役目には就かない。それでもきちんと覚えているらしい。

「だから大型の魔物に吹き飛ばされてダンジョンの壁に衝突したりすると、身体強化を使っていてもダメージを受けるわ。ダンジョンの外で会う大型魔獣より、ダンジョンの中の大型魔獣の方が危険度が高いと言われるのはこういう部分も含まれているのよ」

「ダンジョン管理をする者は大柄な者が望ましい、って言われるわけですね」

 小柄なジェイドがオーガブルと対峙すると、ダンジョンの外では問題なくともダンジョンの中では吹き飛ばされてダメージを受ける可能性が高い。

「それにしても、麦畑の中にも魔獣がいるとは想定してませんでした。これ、麦に影響を出さずに中の魔獣だけ排除する方法はありますか?」

 とりあえず現状の問題はそこだ。麦畑の中で魔獣にポップされると、魔法を使える者が囲んでいても中にいる人間が攻撃される可能性を排除できない。

「フレイムスロウワーだと麦が燃えるかしら」

「燃えるでしょうね」

 何でもフレイムスロウワーで処理しようとするフリージアの案は即時却下する。魔法は物理法則を捻じ曲げるが、全て想像した通りのことができるわけではない。少なくとも、同じ範囲内に在って特定の物だけを燃やすと言うことは無理だ。

「風系魔法で、麦畑から魔獣を吹き飛ばして別の場所で燃やすとかどうですぅ?」

「ここ、下手するとイビルラットも居るんじゃないかと思うんだけど、それも吹き飛ばすほどの風魔法だと、麦の粒も全部巻き込んで飛んで、集めるのに苦労しそう」

 アザレアの案はフリージアよりは実用性があるが、魔獣と麦、どちらが軽いかといえば麦だ。麦が先に吹き飛ぶだろう。

 麦が、飛ぶ?

「あっ、逆に魔獣は無視して麦の穂だけ風魔法で飛ばして別の場所に集められないだろうか」

 前世で見た農機具に、身が入っていない籾と米を風で飛ばして選別するものがあった。確か唐箕とかいう名前だった。

 選り分けるのに重い方を飛ばす必要はないのだ、分けることさえできれば良いのだから。

「ジェイドの案は良さそうだけど、麦の穂は茎についているからうまく飛ばせるかしら?」

「穂の部分だけ事前に切り取れていればその先は出来ると思うんですけどねぇ」

 この世界、魔法は物理法則を捻じ曲げるが、実際に魔法で可能なのは「物理的に実現可能な現象を、他の道具などを使わず実行する」までしか出来ない。

 例えば水を動かす魔法はあるが、何もないところから水を生み出すことはできない。故に水魔法は水場の近くか、雨が降っている時など限定的な状況でしか使えない。

 ……この国の建国王が、何もない場所からカップ一杯の水を出したという奇跡の魔法が伝説に残っているが、その記録を読むと多分空中の水蒸気を集めて水を作ったのではないかとジェイドは予想している。

 それはさておき、そのせいというか何というか、前世のファンタジーやゲームではお馴染みだったウィンドカッターに類する魔法が存在しないのである。

 ウィンドカッターは真空の刃で切り裂く「かまいたち現象」と言われているものがファンタジーに取り込まれたものだが、実際には「真空に触れたことで切り裂かれる」なんて物理現象は存在しないのだ。冬の寒い時期に唇や指先が裂ける現象を「かまいたちの仕業」として扱われ、それが妖怪ではなく科学的に考えようとなった際「何もないところで切り裂かれるので風で裂けている」という認知が生まれ、それをどこかのゲームか何かが真空の刃と解説したとか、そんな話だったはずだ。

実際には乾燥により皮膚が裂けているだけなわけだ。

 余談だがウォーターカッターに当たる魔法は存在する。ただしこの場所には十分な水が無いので使用できない。

「何か刃になるようなものがあれば良いのだけど」

「ダンジョンの中って土系魔法も使えないですしねぇ」

「ああ、『その場所にあるものを操る魔法は、より強い魔力で先に抑えられていると影響を与えることができない』ってやつか。ダンジョンの壁が強い魔力で覆われてるなら、そこの石や岩を動かすことも出来ない、と」

「そう言うことよ。だからダンジョンで使う魔法は大抵火系なのよ」

 フリージアがフレイムスロウワーばかり使っているのはそう言うことだったらしい。好きだから使っているのかと思っていた。

「フリージア様はダンジョンの外でも大抵フレイムスロウワーですけどねぇ」

 アザレアがジェイドの思考を読んだような補足を入れてくる。

「土魔法はダンジョンの壁とかから動かそうとすると阻害されるけど、外部から持ち込んだ物は動かせる?」

「それは動きますよぉ」

「じゃあ外部から刃物を複数持ち込んで動かして刈るのは出来る、か」

「可能か不可能かで言えば可能ね。問題は金属類は高価だからうちの領では草刈り鎌は数えるほどしかないということと、鎌を魔法で動かすとなると魔法を使えるものが一人一つくらいしか動かせず、その間に魔獣に襲われたら対応はどうするのか」

「ああー……」

 そもそも魔法が使える者が手作業に近い効率で魔法で麦を刈るなら、魔法を使う意味がない。最低手作業より効率を上げなくてはならないのだ。

「ここで考え込んで唸っていても仕方ないわね。今日はそもそも麦を収穫する予定ではなかったのだし、この件は持ち帰って何が出来るか再度検討しましょう」

 フリージアの提案を拒否する理由もなかったのでジェイドは素直に頷いた。




☆とか♥とか評価していただけると嬉しいです。励みになります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月10日 00:00
2025年12月11日 00:00
2025年12月12日 00:00

【毎日更新中】チートなんて無い。~貧乏男爵の跡継ぎに生まれ変わったので何とかしたい~ 伽月リナ @rina_nisituki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画