第7話 託される炎帝剣




 私は、この国――ラナリア王国をべる王。セリオディアン=ラヴァニウス。


 王としての務めを終え、久方ひさかたぶりに足を踏み入れた宝物庫は、ひんやりとした空気と懐かしい金属の匂いに満ちていた。

 天井から吊るされた魔光灯まこうとうが、数々の武具や宝具に淡い光を落とし、かつての冒険の日々を静かに語りかけてくる。


 老いぼれた――などと側近に言われるが、ここに来ると心はあの頃のままだ。

 若き日の私が、仲間と共に駆け抜けた大地、討ち倒した魔物、交わした誓い。それらが、手に触れれば今にも戻ってきそうな気さえする。


 その中でも、ひときわ強い輝きを放つ一振りがある。


 炎帝剣インビジブル=クリムゾン


 私がまだ“冒険者セリオ”と呼ばれていた頃、幾多いくたの死線を越え、生還せいかんを重ねた相棒の剣。

 刃を撫でれば、赤熱せきねつするかのように魔力が脈打ち、今でも真紅の炎がき上がる幻を見せる。


 だが――。


「……ふぅ。やはり、この歳では持て余すか」


 鍛えたつもりでも、衰えは隠せぬ。


 若い頃のように軽くは振れず、魔力も剣に満足な呼応を返せない。王という立場もあり、再びこの剣を振るう場など、もう訪れはしないだろう。

 だからこそ、私はこの剣の持ち主として、ある男に託したかった。


「……"あの男"が、素直に受け取ってさえいればな」


 呟くたびに胸が締めつけられる。


 "あの男" マグナス=リオンハーツ。


 この国の英雄のひとりであり、誰よりも誠実で、誰よりも強かった男。


 本来なら……この炎帝剣は彼の手に渡っていたはずなのだ。



 あれはーー


 遡る事。


 ーー二十年前。



 マグナスがある功績を挙げ、王都アルセリオンへと招かれた時―――


「マグナス=リオンハーツよ……この度の其方そなたの功績、褒めてつかわす」


 玉座に座る私の声は少しだけ重く響いた。目の前で膝をつき、顔をせる男――マグナス=リオンハーツは、声を絞り出すように答える。


「ありがとうございます!」


 その瞳には、誇りと緊張が入り混じった光が宿っていた。


 ふと、私は思いついた。


 ――スキル《次元収納じげんしゅうのう》。


 背後で空間が裂け、黒く深い空間が現れる。このスキルは城の宝物庫と繋がっていた。

 冷たい風が巻き込み、無数の歴戦の武具が眠る闇の奥から、私は目的の剣を引き抜いた。


 巨大な剣――炎帝剣インビジブル=クリムゾン


 真紅に揺れる刃が、まるで心臓のように脈打ち、私の手元で力強く光を放つ。


「これは、私が冒険者時代、共に戦った相棒だ」


 私は剣を掲げ、淡い光の反射をマグナスの瞳に映す。


「この度の功績を称え、其方そなたに託したい。冒険者として、必ず力になると思う」


 その瞬間、マグナスの瞳が大きく見開かれ、口を開くも言葉が追いつかない。


 その表情は私には"喜び"に映っていた。


「王様……!」


 だが、マグナスは凛として答える。


「お気持ちは嬉しいです……確かに、私の魔力ならその剣を扱えると思います。ただ、私は――――」


 ーー


 ーーー


 ーーーー


 結局、あの男――マグナス=リオンハーツが炎帝剣を受け取ることはなかった。

 彼は勇者と共に魔王を討ち、魔王軍の残党討伐の中で勇者一行から離れたと聞く。その後静かな村で、息子と共に暮らし、冒険者として命を落とした――そんな話を耳にした。


 宝物庫の静寂の中で昔の記憶を思い返した私は、かすかな感傷かんしょうに浸っていた。


 ――その時だった。


「陛下!ここにおられましたか!」


 慌ただしい足音と共に、私の侍従じじゅうが駆け込んできた。焦った様子で、息を切らしながらも、必死に言葉をつむぐ。


 私はゆっくりと顔を上げ、彼を見据みすえる。


 何があったのか――


 胸が少し早鐘はやがねを打つ。侍従は息を整え、震える声で告げた。


「実は……マグナス様のご子息が……」


 ――マグナスの子が?


 私の胸に、瞬間的な鼓動が走った。

 

 それは運命の導きなのか――


「王城へ運び込まれたみたいです!」


 驚きと喜びが、胸の奥で複雑に絡み合った。


 赤く揺れる炎帝剣が、胸の奥で熱を帯びたかのように輝く。まるで、長い時を経て“本来の持ち主”に出会う瞬間を、剣自身が待ち望んでいるかのようだ。

 私はゆっくりと立ち上がり、剣を見つめる。

 そして、重厚な宝物庫の扉を開くと、光が差し込み、開いた窓から微かな風が私を包み込むように吹き抜く。


 運命の時は、もうすぐ――。


 ――炎帝剣は、マグナスの子にたくそう。


 胸に決意を抱き、私は足取りを確かにして、宝物庫を後にした。


 そして、私はついに――彼の息子と対面した。

 

 初めて目にしたその顔は、どこかマグナスに似ていた。鋭くも温かい瞳、真っ直ぐに伸びる背筋、ほんの少しの照れや無垢むくさ――その全てが、あの日のマグナスの出会いの記憶を鮮やかに呼び起こす。


 胸の奥で、懐かしさと期待が入り混じる。


 あの男の血を継ぐ者――この少年は、きっと強く、そして正義を貫く者になるだろう。


 その瞬間、私は決めた。


 この子を、全力で支えようと――。


 この国の王として、そしてかつての友として、できる限りの力を注ぐ覚悟を心に刻んだ。

 

 そして、少年――グレイノース=リオンハーツは、父と同じように、自らの意志で旅立った。

 

 父の死の真相を知る為の長い旅路。


 私はこの王都で宝物庫の炎帝剣を思い浮かべながら、少年の無事と成長を心から祈った。


 今日もこの国のために、王としての務めを全うしつつ、胸の奥では、赤くきらめく剣と共に少年の未来をそっと見守っている――。






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スキル転移の“間違った使い方” 〜無能な俺が「誰も知らない使い道」に気づいた結果〜 鷹宗鷲尾 @wasiotaka

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