◆stage:4
冷え込みが厳しくなった、12月上旬。エリアゼロの上空では、ハザイ帝国とラロゼア連邦による激しい戦闘が繰り広げられていた。
エリアゼロの地下には真白たちが任務で回収した核爆弾が保管されているため、奪取や爆発を防ぐため、真白たちは防衛任務へと向かった。真白がエリアゼロの上空をスサノオで警戒していると、味方機がハザイの機体に追い詰められているのを発見した。
真白は素早く照準を合わせ、敵機へ威嚇射撃を行い、注意を自分へ向けた。ハザイの機体はスサノオの方を向き、猛烈なスピードで接近してきた。真白は攻撃を受けて怯んでいる味方機に母艦へ帰還するように通信を入れた。そのわずかな隙を突いて、スサノオの背後に回り込んだハザイ機は、機体の武装アームを瞬時に展開し、ブレードを振り下ろした。金属が切り裂かれる甲高い悲鳴が機体に響き、スサノオの装甲が深々と削られた。ハザイの機体は、真白に反撃の隙を一切与えず、スサノオへの一方的な攻撃の激しさは増していった。
スサノオの被弾は続き、警告音がコックピットにけたたましく響き渡る。スサノオは次々と被弾し、敵機は致命的な一撃をスサノオに叩き込んだ。真白がこれまで経験した模擬戦とは桁違いの激しい戦闘に、エースパイロットの腕をもってしても、全く刃が立たなかった。
スサノオは、ついに制御を失って、エリアゼロの山中へ墜落し、木々をなぎ倒しながら麓へ向かって転げ落ちた。
墜落による衝撃が収まったので、真白はポテ丸に位置情報を尋ねたが、そのポテ丸は艦の真白の部屋で充電中だった。存在しないポテ丸に位置情報を尋ねている最中にあれを自室に置いてきたことを思いだした真白は、衝撃でぶつけた頭を擦りながら、機体の外へ出た。
真白の目の前に広がっていたのは、凍てつくような冷気を放つ、静寂な湖だった。
「⋯これって湖だよな?初めて見た、こんなに大きいんだ⋯!」
昼と夜の境目の神秘的な雰囲気の湖に真白が感動していると、先ほどスサノオを墜落させたハザイの機体が真白のすぐ近くに着陸した。すべての光を吸収するような黒い塗装は、真白の心に闇そのものの恐怖を感じさせる。
真白は湖に興奮していた為、気が緩み、油断をしていた。
あぁ、俺、殺される⋯。
真白は死を覚悟したが、機体は攻撃してこなかった。
やがてハッチが開き、黒い軍服を着た青年が現れた。
その青年は、ふいに真白の方を見た。
真白は息を呑んだ。彼はどういうわけか目を離せない不思議な魅力を放っていたからだ。ビードロを思わせる左右異なった色の瞳。それは光を吸い込み、どこか遠い世界を見つめているかのようだった。そして、まるで彫刻のように整った、完璧な顔立ち。その静謐さとは裏腹に、彼にはどこか蠱惑的で、危うい均衡の上に成り立つ、得体の知れない美しさがあった。真白は、知らず知らずのうちに、その静かな存在感に全身の意識を奪われ見惚れてしまっていた。
⋯うわ!高校の時の兄ちゃんみたい。⋯って、こんな時に何考えてるんだ俺!?殺されるかもしれないのにっ!
こわばった表情で自分を見つめる真白に青年は近づき挨拶をした。そして自身を“クガ・イ・チエル”と名乗り、ハザイ軍の少尉だと自己紹介した。
チエルは死の恐怖で腰が抜けている真白にさらに近づいてまじまじと真白の顔を観察した。
「綺麗⋯、お月様みたいな瞳してるね。」
チエルは恍惚とした表情で真白の目を見つめ返した。そして、何かを思い出せずに記憶をたどっている様子だった。死の恐怖を感じると同時に、チエルの存在に魅入られていた真白が我に返り、チエルに威嚇で銃口を向けた。その瞬間、チエルの表情は、その“何か”を思い出したという顔つきに変わった。
「フタナノ洲の左眼の画面⋯、キミだ。」
「え?」
真白は最初この言葉の意味がわからなかったが、説明を続けるチエルの話を聞いていると、彼の左眼は最近手術で移植をしたものらしい。だから左右で眼の色が違うのかと真白は納得した。
「そっか⋯。大変な経験をしたんだな。経過は大丈夫なのか?無茶するなよ。」
真白はチエルを気の毒に感じ、構えていた銃口をゆっくりと下げた。
「ふふ⋯、優しいんだね、キミ。」
チエルは真白の顎を掴み、自分の方に引き寄せた。
「見て⋯。ボク左眼も、お月様みたいでしょ?」
チエルの左眼は真白にそっくりの黄金色をしていた。
「このお月様はね、フタナノ洲を侵攻した時に、使えそうな遺体の中から気に入った眼をもらったんだ。」
そして、その遺体が死んでもなお握っていた携帯デバイスの画面に俺がいたとチエルが話した。
「表示されてた電話の相手⋯、携帯デバイスの画面に、君の顔が⋯確か⋯“マシロ”って名前だったっけ?」
正解かな?ボクって記憶力がいいみたいだね。と、チエルが笑った。真白の心臓は激しく打ち震えた。
目の前の青年は、兄の遺体から臓器を奪い、その最期の瞬間の通信相手であった自分の名前を、揶揄うかのように口にした。
怒りと悲しみで全身が震える。真白は咄嗟に掴まれていた顎を引いて手を弾き、間髪入れずに後方へ跳んだ。そして、再び銃を構え、引き金を引いて乱射した。
“こいつを殺してやる”
その一心だった。しかし、チエルは身じろぎ一つしない。真白の怒りに任せた無秩序な弾は当たらないと見越していたからだ。やがて弾切れになった真白を見て、チエルは首を傾げた。
「この眼⋯、キミの大切な人から貰っちゃってたんだね。ゴメンね、ボク、マシロ君を怒らせちゃったかな?」
チエルの無意識の煽りに、真白はナイフを取り出し、襲いかかろうとするが、これも容易く躱されてしまった。
「マシロ、キミのその襲撃には、愛が足りないな。ボクを求めるなら、もっともっと感情を剥き出しにしないと、ね?マシロ君。」
チエルは真白の耳を引っ張り、すぐに解放した。
「この眼⋯、大切にするからね、マシロ。」
チエルは目を細めて微笑み、機体とともに空の彼方へ消えていった。
真白はその場で愕然とし、咽び泣いた。
***
スサノオから自動緊急通信を受信した母艦・アマテラスは湖の近くで放心状態の真白を発見し、救助した。
「遭ったのですね⋯、チエルと。」
ミンネルは真白を手当てしながら、チエルについて語った。
チエルはかつてコウテイ特別行政区でミンネルが率いていたレジスタンスの同志だった。しかしハザイ政府やラロゼア連邦の一方的な攻撃や弾圧、レジスタンスや民間人の話に聞く耳を持たない自己中心的な考えに失望し、ミンネルの提唱する“世界が手を取り合うことによる平和の実現”という考え方が現実的ではない理想論だと考え限界を感じていた。ハザイ政府によるコウテイ鎮圧後、チエルは自身の国を支配し、安泰を奪ったハザイで士官となっていた。コウテイ侵攻時、ハザイ軍に抵抗し戦った時の白兵戦にて左眼を負傷したが、そのハンデが感じられないほどハザイ軍でパイロットとしての才能を発揮し、少尉にまでなったそうだ。
チエルの目的は内側からのハザイ帝国壊滅計画、もしくは世界に平和をもたらす救世主を擁立することだった。
ミンネルと出会った頃のチエルは純粋に平和を求め、レジスタンス運動をしていた。チエルは怖いものから自分達を助けてくれる、自分の願いを叶えてくれる救世主がいると信じ、毎晩月に祈っていた。しかし、戦い虚しく住まいや家族を失ったチエルは平和に対する考えが過激になっていた。そのため、彼はこの世界に核兵器は不要だと考えながらも、その処理をする為には“使用”をするしかない。そして、その処理の際の標的は、世界に核の脅威をちらつかせる国々や、非人道的な考えが横行する国々であるべきだと考えていた。そうすれば「怖い人間は居なくなり、優しい人間だけが暮らす平和な未来が訪れる。」チエルはそう信じているのだとミンネルは真白に話した。
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