第43話 おひさしぶりね

 管理区画の取調室は、無機質だった。

 ガラス越しに区切られた向こう側で、ガロウは椅子に縛られたまま、足を組んでいる。

 照明は明るい。影ができない。逃げ場も、誤魔化しもないはずの場所だ。


「いやあ……思ったより待遇がいいわね」


 ガロウが笑う。軽い声だ。

 捕まっているという実感が、まるでない。


 クレアは立ったまま、距離を保っている。

 感情の起伏は見えない。端末も見ない。ただ、ガロウだけを見ていた。


「質問します」


 淡々とした声。


「どうして、あの場所を知っていたのですか」


 ガロウは一瞬だけ首を傾げ、それから肩をすくめた。


「場所? 家? それとも――」


 言葉を濁し、にやりと笑う。


「まあ、いいわ。続けて」


「なぜ、あそこが“家”だと分かったのですか」


 今度は、間があった。

 ガロウの視線が、クレアから俺へと流れる。


「……三つ目は?」


 クレアは順番を崩さない。


「なぜ、ゆうとさんを襲った?」


 その瞬間、ガロウの笑みが、ほんのわずかに歪んだ。

 余裕は消えない。だが、何かを測る目になる。


 取調室の空気が、静かに張りつめる。


 ガロウは、わざとらしく息を吐いた。


「順番、律儀ね。嫌いじゃないわ」


 足を組み替え、天井を見上げる。

 拘束具が鳴る音だけが、室内に残る。


「まず一つ目」


 指を一本立てる。


「場所を知ってた理由。

 それはね――人を追ってたんじゃない」


 クレアの視線が動かない。


「追ってたのは、信号」


 ガロウは口角を上げた。


「エルのよ。綺麗な痕跡だったわ。

 隠したつもりだったんでしょうけど」


 俺の胸の奥が、わずかに冷える。


「二つ目。

 どうして“家”だと分かったか」


 ガロウは、今度は俺を見る。


「そこは単純。

 信号が、留まってた」


 間。

 クレアは何も言わない。


「出たり入ったりする場所じゃない。

 継続的に、安定してる。

 だから“拠点”。それだけ」


 指が、二本になる。


「三つ目」


 ガロウは首を傾けた。


「どうして、ゆうと君を襲ったのか」


 小さく笑う。


「最初から狙ってないわ」


 その言葉が、静かに落ちる。


「人は、後から知った。

 資料に名前が出てきたのは……そうね、

 現地を押さえた“あと”」


 クレアの眉が、ほんのわずかに動く。


「つまり」


 ガロウは楽しそうに言った。


「目的は最初から、AL-01」


 そこで、ふっと表情が変わる。

 軽さが消え、観察する目になる。


「……ところで」


 声のトーンが下がる。


「資料に、そんな人物はいないのよ」


 クレアが視線を上げる。


「その“おじいさん”って」


 ガロウは、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「本当に、いるの?」


 取調室の空気が、目に見えない形で歪んだ。


 クレアは、間を置いてから言った。


「エルさんと、ニャースケさんの開発者です」


 事実だけを並べる声。

 そこに、強さも疑いもない。


 ガロウは、目を細めた。


「……それ、地球人?」


 空気が、わずかに張る。


「何をまた」


 クレアの声音が、ほんの少し硬くなる。


「ふざけるのはやめていただきたいですわ」


 ガロウは、すぐには返さない。

 俺たちを順に見て、最後にクレアへ戻す。


「じゃあ、聞くけど」


 軽い口調に戻したまま、核心だけを突く。


「あなたたち、同じものを他で見たことある?」


 沈黙。


 誰も、口を開かない。


 エルは動かない。

 ニャースケも、俺の肩で息を殺す。


「……ないでしょ」


 ガロウは、確信したように頷いた。


「そう。ないのよ」


 笑みが消える。


「作れないの。今の地球じゃ」


 言い切り。

 でも、説明はない。


 クレアが言葉を探す前に、ガロウが続けた。


「だから言ってるの」


「あなたたち――

 狐に化かされてる」


 取調室に、重たい静けさが落ちた。


 最初に、照明が揺れた。


 一瞬、明るさが落ちる。

 すぐ戻る。

 誰かが息を吸う音だけが、遅れて聞こえた。


 次に、天井の隅でノイズが走る。

 監視カメラの赤いランプが、規則を失って点滅を始めた。


「……通信?」


 誰かが小さく言う。

 返事はない。


 ガラス越しの向こうで、ガロウが首を傾げた。


「おかしいわね」


 声は、まだ軽い。


「今のは……予定外かしら」


 警告音が鳴る。

 短く、断続的に。


 空気が、少し冷える。


 クレアが端末を見る。

 画面が、一瞬遅れて反応した。


「管理区画、遅延――」


 言い切る前に、音が途切れた。


 照明が落ちる。

 完全な闇にはならない。

 非常灯が点き、白い光が床を舐める。


 その光が、ガロウだけを照らした。


 他は、影になる。


「……あら」


 ガロウの背筋が、ゆっくり伸びる。


 拘束されたままなのに、

 さっきまでのだらしなさが消えていく。


 呼吸のリズムが変わる。

 目の焦点が、合う。


 ノイズが、低く唸る。


 耳の奥で、何かが繋がる感覚。


 ガロウの口が、動いた。


 でも――

 ガロウの声じゃない。


「……やっと、繋がった」


 その声は、静かだった。

 近い。

 距離感がおかしい。


 俺の名前が、呼ばれる。


「おひさしぶりね、ゆうと」


 ——懐かしい温度。


 画面の向こうで、

 確かに俺を呼んだ、あの声。


 照明が、完全に落ちる。


 暗転。

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