第41話 信じて、跳べ

 銃声が、デパートの中で反響する。


 悲鳴。

 割れるガラス。

 人が、流れるように逃げていく。


 俺たちは、その流れに逆らっていた。


 撃ち合いは長くない。

 でも、逃げ場は削られていく。


 角を曲がった先で、行き止まりのようなT字路に出た。


 下へ行ける通路。

 暗く、狭い。


 上へ続く通路。

 明るいが、逃げ切れる気はしない。


 考えている時間は、ない。


 その瞬間だった。


 乾いた音。


 俺の手にあった紙袋が、弾ける。


 中に入れていた――

 みゆへのプレゼント。


 銃弾が貫いて、

 包装紙に、穴が開いた。


 ほんの小さな穴。

 でも、はっきりと。


 ――ああ。


 判断は、そこだった。


 俺は袋を掴み直し、

 つかさの方へ放る。


「下に行け」


 声は低く。

 命令に近い。


 つかさが受け取る。

 一瞬、目が合う。


 迷いが見える。

 でも、すぐに歯を食いしばった。


「……分かった」


 それだけ言って、下へ走る。


 俺は、上を見る。


 逃げる場所じゃない。

 でも、行く場所だ。


 背中に銃声。


 俺は、上へ走った。


 ――分かれた。


 理由は言葉にしない。

 行動だけで、決めた。



 非常階段を駆け上がる。


 息が切れる。

 足音が、追ってくる。


 ドアを蹴り開けると、

 屋上だった。


 ――行き止まり。


 風が強い。

 街の音が、遠い。


 そのとき、

 重低音が、空気を震わせた。


 ヘリの音。


 上からじゃない。

 横だ。


 ゆっくりと、姿を現す影。


 男が一人、立っている。


 細身。

 姿勢がいい。

 余裕が、にじみ出ている。


 口を開いた瞬間、分かった。


「やっと会えたわぁ……」


 ねっとりした声。


「ゆうとちゃん。

 探したのよ? ほんっとに」


 ガロウ・ヴェイン。


 名前を聞くだけで、

 面倒な気配がする男。


「今日はねぇ、

 もう逃がさないつもりなの」


 一歩、近づく。


「おとなしくしてくれたら、

 危害は加えないわよ?」


 笑う。

 楽しそうに。


「仲良くやりましょ?

 ねぇ?」


 俺は、動かない。


 逃げもしない。

 従いもしない。


 時間を稼ぐ。

 それだけ。


「……悪いけど」


 短く言う。


「仲良くする気はない」


 ガロウが、肩をすくめた。


「あら、つれない」


 でも、その目は笑っていない。


 俺は、屋上の縁に近づく。


 下は、見えない。


 それでも、

 ここにいる理由は――

 まだ言葉にならない。


 風が、強くなった。


 屋上の縁に近づくと、

 街の音が一段、遠のく。


 ガロウは、まだ喋っている。

 でも、言葉が頭に入ってこない。


 ――違う。


 下からだ。


 音じゃない。

 声でもない。


 気配。


 何かが、来た。

 でも、見えない。


 視界には、何もない。

 影も、反射も。


 ただ、

 “そこにいる”感じだけが、はっきりする。


 理由は分からない。


 合図なのかどうかも、分からない。


 それでも、

 俺は迷わなかった。


 身体が、先に理解している。


 信頼、という言葉は浮かばない。

 確信でもない。


 ただ――

 今だと分かる。


 背後で、ガロウの声が変わる。


「……なに、それ」


 初めて、余裕が削れた音。


 俺は、屋上の縁に立つ。


 下を見る。


 やっぱり、何も見えない。


 それでも、

 足は止まらない。


 屋上の縁に、つま先がかかる。


 風が、下から吹き上げてくる。

 街の音が、完全に切れた。


 背後で、ガロウが声を張る。


「ちょっと待ちなさい!」


 初めて、焦りが混じる。


「何を――」


 言葉は、最後まで聞かない。


 俺は、下を見る。


 暗い。

 距離も、深さも、分からない。


 そこにあるのは、

 見えない空白だけだ。


 でも――

 さっきの合図は、消えていない。


 考える理由は、ない。

 確認する根拠も、ない。


 それでも、

 足は前に出る。


 跳ぶ。


 重力が、掴んでくる。


 風の音が、耳を塞ぐ。


 ガロウの声が、上で途切れる。


 ――落ちている。


 怖さは、あとから来た。

 でも、後悔はない。


 視界が、反転する。


 そして。


 世界が、切り替わった。

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