第34話 所属不明
潜水艦は、静かに減速した。
揺れはほとんどない。
それでも、リンク越しに伝わってくる感覚で、深度が限界に近いことは分かる。
水圧が、均一になる。
押されているというより、包まれている感触。
クレアが前を向いたまま言った。
「目標深度、到達」
モニターに映像が出る。
最初は、ただの闇だ。
次に、光が当たる。
影が、浮かび上がった。
沈没船。
……と呼ぶしかない形。
船体は長いが、細すぎる。
軍用にしては無駄が多く、民間にしては実用性がない。
外装に番号は見当たらない。
塗装の剥がれ方も、年代を特定できない。
古いようで、新しい。
新しいようで、使われた形跡がない。
クレアが即座に判断する。
「所属、確認できないわね」
少しも間を置かない。
「解析に回します」
つまり、今ここでは分からない。
そして、分からないまま進むという判断だ。
エルが前に出る。
動きは迷いがない。
準備はもう終わっている。
「行ってき……ます」
最後だけ、敬語。
ハッチが開く。
海水の圧と、暗さが流れ込んでくる。
エルは躊躇なく外へ出た。
リンクが、はっきりと繋がる。
視界が切り替わる。
人間の目では追えない暗さの中で、輪郭だけが分かる世界。
沈没船の外壁は、想像よりも歪んでいた。
爆発の痕でも、衝突の痕でもない。
“そういう形”で作られたような歪み。
エルが船内へ入る。
内部は、狭い。
人間向けじゃない。
通路の幅は一定じゃなく、
壁の曲がり方にも意図が感じられない。
古い配線がある。
でも、その隣に新しい端子がある。
どちらも、使われた形跡が薄い。
ニャースケが先行する。
「……変にゃ」
短い一言。
エルも同意する。
「人が……長く、いた感じがしません」
埃がない。
生活の痕跡がない。
なのに、完全な無人でもない。
信号が、ある。
ニャースケが立ち止まる。
「ここにゃ」
配信元。
沈没船の、内部。
理由は分からない。
仕組みも分からない。
ただ、ここから出ている。
クレアの声が入る。
「これ以上は深入りしない」
即断だ。
「戻りなさい、エル」
謎は解けていない。
でも、解く必要がないと判断された。
エルは従う。
「了解……です」
踵を返し、船外へ向かう。
その瞬間。
「……待って」
つかさの声が、少しだけ高い。
「何かが、近づいてくるわ」
ニャースケも反応する。
「まだ距離はあるにゃ」
一拍。
「でも……速いにゃ」
速すぎる。
想定速度を超えている。
次の瞬間。
視界が、黒で埋まった。
塊。
形状は分からない。
光を吸うような、黒。
衝突。
激しい衝撃が、リンク越しに伝わる。
方向感覚が、ずれる。
ニャースケが弾き飛ばされた。
「――ッ!」
エルの声が、初めて大きくなる。
「ニャースケ!」
返事がない。
黒い何かは、姿を見せないまま、
ただ“そこにいた”という事実だけを残す。
沈没船も、
今の衝突も、
理由は分からない。
俺は、リンク越しに感じ取る。
これは、偶然じゃない。
説明できない。
断定もできない。
でも、確かにそう感じた。
――回収は、終わっていない。
二つの謎を抱えたまま、
事態は次へ進む。
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