第9話 緊迫なき戦場

 階層型迷宮ダンジョン——その十階層。

 ここは、階層主フロアボスが待ち受ける試練の場。


 九階層から十階層へと向かう階段を登り、意外にも軽い大扉を押し開くと、それまでの狭い石畳の通路とは打って変わり、視界が一気に開けた。

 小さな公園ぐらいの広さのフロア。

 その中央に巨大な大剣を担いだ異形のゴブリンが、そこにいた。


 その姿はまさに、ゴブリンの王たる存在、ゴブリンロード。


 PACでのデータによると——


 [攻撃力3 / 守備力2 / 魔力1 / 生命力5]


 そこへ階層主としてのレベル加算とステータス補正を考慮すれば、すべての能力が二段階以上は強化されているはずだ。

 序盤の敵としては十分に強敵……のはずだった。


 しかし今、そのゴブリンロードは一切の抵抗も許されぬまま、翻弄されていた。


 戦っているのは、骨格型魔導人形〈フェネクス〉を装備したヒカリだ。


 この階層に来るまでにレベルを上げたヒカリと〈フェネクス〉のステータスは以下の通り——



ヒカリ Lv2

魔導士 / 英雄

攻撃力2 / 守備力3 / 魔力11 / 生命力10

固有技能スキル:[光之御子][纏装導器]

一般技能スキル:[導札術][封札術][光属性適正][体術1][騎乗1][魅了1][錬金1]


装備:骨格型魔導人形〈フェネクス〉 Lv2

機巧人形オートマタ / 魔導具 / 専用装備

特性:[装備コスト5][耐久5][自動修復5][装備解除不可]

補正:[装備補正+2/+3/+5/+5][適応5][戦闘補助5]

固有技能スキル:[延命息災]

機構システム

聖晶鳳灰キニスマグナ… (光×2):鳳灰おうかい生成 / 操作2・永続纏衣2・細胞補完]

炎光転火えんこうてんか… 発火2・灰化2]



 〈フェネクス〉の最大の特徴は、生物の細胞へと変異して補完する、灼熱の灰——〝鳳灰おうかいを生成し、それを身に纏って戦うことにある。


 ヒカリの固有スキル[光之御子]は、自身の魔力か生命力の1点分を増幅し、光属性マナ2点を生み出せる。

 これは、俺の固有スキル[瑪那マナ精製]の一部と、推しの固有スキル[氷雪女神]の一部を引き継いで生まれた破格のスキルだった。


 こうして低コストで生み出された鳳灰を纏うことで、聖なる衣——“聖灰衣インフィクローク”が形成され、以降は纏った鳳灰を消費し切るまでは、マナコスト無しで攻撃・防御・回復のすべてをこなせる。

 さらに、新たに習得した機構システム[炎光転火]により、鳳灰を炎に変えて敵を攻撃しながら、燃え滓から消費した灰を補充することすら可能になった。


 これにより、〈フェネクス〉の継戦能力は飛躍的に向上している。


 そして今、その能力を存分に発揮するヒカリは、聖灰衣インフィクロークの背部を燃え盛る翼へと変え、空を舞っていた。

 ゴブリンロードの大剣が届かない位置から、軽やかに飛び回り、まるで遊んでいるかのように攻撃をかわし続ける。


「ヒカリ、頑張って! そこだよ、もう少し! 行けー!」


 最初はハラハラしながら見守っていた推しも、今では完全に運動会の保護者のノリになっている。


 ヒカリも時折こちらを見て手を振る余裕さえあった。


 対するゴブリンロードは、なんとかヒカリに攻撃を当てようとして、大剣を振り回したり放り投げたりと頑張っていたが、上空にいるヒカリは全く危なげなく遊んで——違った、戦っている。



 ……緊張感の欠片もなかった。


 俺は頭が痛くなりながら、どう注意したものかと考える。

 とはいえ、ゲームの経験上、この程度の階層主に苦戦することがないのは分かっていた。

 それどころか、今のヒカリなら三十階層くらいまでならソロであっても難なく進めるだろう。

 何より、ヒカリが装備している〈フェネクス〉は部位欠損すら瞬時に再生できるほどの回復能力を持っている。さらに、〈フェネクス〉の固有スキル[延命息災]の効果は、あらゆる状態異常への耐性を向上させ、生命力が低下しても一切のデメリットを負わなくなる、生存に特化した能力なのだ。


 そんな状況で「もっと真剣にやれ」と言っても実感は湧かないだろうし、意味もないだろう。


 結局、飽きたヒカリがゴブリンロードを燃やし尽くすまで、俺は悩み続けるのだった。


 ◇


「どう? パパ、ママ?」


「凄いよヒカリ! 可愛いだけじゃなくて強いだなんて、私の天使は最強だよ!」


 な、なんというか、テンション高いなぁ……悩んだ俺は、一応、釘を指すぐらいはしておくことにした。


「う、うん。凄かったよ、ヒカリ。ただ、ちょーっと心配になるから、なるべく早く倒してくれると助かるかな、ね?」


「? うん! わかった!」


 可愛らしく首を傾げてから素直に頷いてくれる。最愛の人ユキさんがそのまま小さくなったかのようなヒカリ。


 ……可愛い。


「うちの子、なんでこんなに賢いんだ……可愛すぎる」


 一瞬だけ二人から目を逸らし、感動(?)に浸っていたが、目線を戻したときには——


 何故か感極まったらしいユキさんが、ヒカリをぎゅっと抱きしめながら、その頬に何度もキスを落としていた。


「キャハハっ。ママ、くすぐったいよ」


 何が琴線に触れたのかは分からないが、どうやら親バカ的な感情が爆発したらしい。

 まあ、ヒカリも嫌がってはいないようだし、放っておくことにしよう。


 二人の幸せそうな様子を見ながら、この穏やかな時間がずっと続けばいい。

 そう願わずにはいられなかった。



  ◇◆



 その後も、そんなふうに終始リラックスムードで迷宮を踏破していった俺たちだったが——気づけば、三十階層へとたどり着いていた。


 階層主が待つ大扉の前で、これまで保留にしていた疑問を改めて振り返る。迷宮に落ちてから二日経ち、俺は本格的に現状への違和感を拭えなくなっていた。


 最初に違和感を覚えたのは、十階層へと辿り着いた時だっただろうか。

 その時点で十時間以上が経過していた。それにもかかわらず、俺たちは誰一人として疲労も空腹も感じていなかったのだ。その時は、慣れない環境や現実離れした状況へのストレスだとか、食欲が減退する理由も無理矢理ではあるが、いくつかは考えられた。


 だが、ここまで来ると流石におかしい。


 俺は改めて、ここが現実ではなくゲームの中なのではないのかとも疑ってみたが、あらゆる事象がそれを否定していた。


 そんな時、ユキさんがふと、とあるカードのフレーバーテキストを口にした——。

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