第13話 安西家三男 VS 白豚君 Round1

「ナ♪ ナ♪ ナ♪ ナポリタン♪ とびきり美味しいナポリタン♪ 君の胃袋、鷲掴み!

ナ♪ ナ♪ ナ♪ ナポリタン♪ 白兎の手作り、召し上がれ💕」


 安西孔、落ち着け。俺は自分に言い聞かせる。料理しているには、舞夏姉が連れ込んだ白豚。中華が主体の安西家うちでは、あまり嗅がないトマトの匂いが空腹を誘う。

 落ち着け、安西孔。問題はそこじゃない。そこじゃないんだ。


「……白兎たそ?」


 呆然と呟いてしまった。でも、慌てて自分の考えを打ち消す。あり得ない。白兎たそが、この白豚なんて――。


「は〜い、白都だよ。孔君、いらっしゃ〜い! 今日はみんなで作ってみた、やっちゃいます☆  今日のお題はナポリタン、スパゲッティーです!」


 明らかに安芸白兎の声で白豚がクネクネしている。白豚こいつは俺のことをバカにしているのか? 絶対、バカにしているだろう。だいたい、白兎たその冒涜――というには、声が似すぎていて。俺の脳内が馬鹿になりそうだった。


「あぁ! その感じはナポリタンを舐めているね。ナポリタンを笑うものはナポリタンに泣くんだよ。主に美味すぎて!」


 俺は今ここで安芸白兎のファン――兎団チビウサ達に問いたい。この〝白兎たそ〟の声にそっくりな白豚モノマネ芸人。コイツに俺は、どんな反応をしたら良いんだろう。


(……それにしてもナポリタンかよ)


 よりによって、と思う。明比あけびに目を向けるが、たいして気にした風もない。気にしすぎなのは俺だけなのかと思うと、なおさらイヤになる。


(クソ、クソ――)

 思考を追い払おうとするのに、トマトケチャップの匂いが、追いやった記憶を引き寄せてくるから、本当にイヤに――。





■■■






 ――安ちゃんの中華も美味しいけれど。たまには、ね。

 ニコニコ笑いながら、母さんが言う。


 クソクソ。


 あの笑顔はなんだったんだって、思う。だったら、なんで出ていったんだ。

 トマトケチャップの匂いを嗅ぐたびに思う。


 男と女の関係なんて、俺にはよく分かんねぇ。恋愛で結婚した父ちゃんと母ちゃんが、別れた理由。それだって、謎だ。


 プロレスラー、極悪アンアンのマネージャーだったという母さん。でも、父さんが引退を決めて店を始めるとなった時。何かがひび割れた気がする。家の中の空気が、妙に乾いた気がしたんだ。


 マネージャー業を続けた母さんが、プロレスから格闘技に転向したネトリー・星苅ほしがりの担当になったのもある意味、運命だったのかもしれない。


 ――私、真実の愛を見つけたの。


 母さんの潤んだ瞳が忘れられない。舞夏ねぇが読んでる小説かよ。何が真実の愛だ。じゃぁ俺達はニセモノの愛だったのかよ。そんなの、どう言い訳したところで、ただの浮気じゃんか。父さんは寝取られただけ。極悪アンアンが間抜けなだけ。それだけって、懸命に言い聞かせる。自分自身を納得させるために。


 彗兄と明比は父さんを選んだ。

 じゃあ俺は――。


 未だに、どうして安西家にいるのか分からない。

 ただ、白兎たその言葉に救われたんだ。




『一緒にいたい人と一緒にいる。これってめちゃくちゃ幸せだよね』


 安芸白兎にとっては、それが〝アラP〟だし。〝理彩たそ〟のことだって分かる。何気なく漏らした言葉に深い意味なんか無いのに。白兎たその声が、すさんだ俺の胸を鷲掴みにする。


 父さんと母さんは、どうだって良い。

 別に好きにすれば良いって思う。


 ただ、明比の兄として。彗兄の弟として。

 離ればなれはイヤなんだ。そう思った。


 だから――。


 新しく家族になった、舞夏姉も音哉にぃも、悪くないって思った。2人とも、同じ傷をもつ同志だって思ったから。今はまだぎこちない兄弟だけど。舞夏姉が俺達を繋いでくれた。美晴母さんのこともイヤじゃない。だから、いつか家族になれる。そんな、妙な確信があった。それなのに――。




 思い出したくもないのに、母さんの笑顔が瞼の裏側に灼きつく。


 姉さんが連れてきた白豚のせいだ。憎悪の炎が滾る。がっかりだった。舞夏姉は、甘っちょろい感情に絆されない人。そう思っていたのに。


(嫌いだ――)


 好きだ惚れたで、価値観を変えるヤツなんか。

 どうせ、この白豚も舞夏姉の体目当てだ。


 のほほんとしていても、どうせすぐに本性を表す。ネトリー・星苅のふとした瞬間に見せた、下卑な笑みを思い出しながら、俺は唇を噛んで――。







■■■






「どう、孔君? 食べてくれると嬉しいんだけど」

「……へ?」


 思わず、呆然とする。

 食卓には、ナポリタンとコンソメスープ、サラダ。さらにはオレンジのデザートつき。正直、今までノルマで仕方なく食べていた中華料理とは一線を画する。


(……それにしても、作るの遅くねぇ?)


 悪態をつく。

 それによりによって、ケチャップは――ナポリタンは――。


 嘔吐えずきそうになる。

 だって、これは――。



「ふふっ。喫茶エルキュールのナポリタンを見習って、トマト缶を投入した、白都さんのスペシャルナポリタンだよ~。あ、でもね。そんなにトマト感はそこまできつくないはず。マヨネーズと砂糖で中和しているし。タマネギのうま味もあるし。パルメザンチーズがナポリタンは必須でしょ。ピーマンは大丈夫? かなり薄くしているから気になりにくいと思うけど。ピーマンも栄養あるからね。好き嫌いは〝駄目メツ〟だからね?」


 何から何まで、安芸白兎の口調なのが、メチャクチャ腹がたつ。そもそも口を挟めむ余裕ないぐらいテンション高いし。舞夏姉が、今まで見せたことない笑顔を浮かべているのことにも腹が立つ。


 ただ、母親ババァのナポリタンじゃない。

 そこに救われた気がする。

 純粋なトマトの匂いに、空腹の自分が誘われる


「おいひぃ~」

「美味しいっ」

「……こ、これは」


 単純な明比、ガキの鳴は兎も角。冷静な音哉兄までその顔が絶賛している。いくら、久々だからと言って単純すぎ――ん?




 くるん、とフォークでスパゲッティーを巻き。そして口に運んだ、その瞬間だった。







■■■






「うんまぁぁぁぁぁっっ! 美味いっ! 美味すぎる! 美味いよねぇ、これ! うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」



 白豚、叫ぶのはお前かよ!?


 そこは俺が一口食べるのを待って、感想を聞くところじゃねぇの? 舞夏姉、そこで嬉しそうに笑わない!


 そういうところまで、まんま安芸白兎たそだった。流石に目からレーザー光線や、空を飛んだり、宇宙に行かないけだけマシと言えるけど。いや、現実でそれは無理か。


 ただ、悔しいけど――美味い。

 美味しい。


 味がする。

 食い物なんて、もう何を食っても同じだって思っていたのに。







「みんなで一緒に食べたら、美味しいよね?」


 白豚の言葉に、俺は思わず顔をあげる。視線が交錯して、ことに気付く。



「おっ? 坊のナポリタンか? ふぅん。たいしたことねぇな。まぁ、ナポリタンなんてお子様ランチだしな。お前にはそれぐらいが丁度良いぜ」


 そこで悪役ムーブをキメなくてもねぇ。俺は小さく息をつく。

 見れば、父さんと美晴母さんまで上がってきた。時計を見て、目を丸くする。もう、お店はお昼の部が終了の時間で――白兎たそが、にっこり笑う。








 ――みんなで一緒に食べたら、美味しいよね?







 だから、ゆっくり作っていたの?

 俺は目を見開く。思考がおいつかない。どうしたら良いんだろう。白兎たそだ。間違いなく、白兎たそだって思う。俺の目のお前に、安芸白兎がいる。


 食べ物の味がしないと感じて――。

 その突破口が、安芸白兎の声だった。


 白兎たその声を聞いている時は、自分を保てた。

 その声を何回も――擦り切れるレベルまで聞いた俺の直感は間違っていないと思う。


「あ、あの」

「ん?」


 白兎たそが微笑む。ずっと、敵意剥き出しの視線を送っていた俺、そんなヤツにどうして柔らかく微笑むことができるんだろう。


「……あ、あの。は、白兎たそって呼んでも良い?」

「気軽に白都って呼んでよ」


 どうも言葉のすれ違いがある気がするけど。それは別に良い。ネット民として現実オフラインで検証するだけだから。


「ハク、よそ見しすぎ。トマトソースがついてるよ」

「ふぇ?」


 安芸白兎みプラス1ポイント。それにしても、あの舞夏姉がせっせとお手拭きでお世話をする姿。これはなかなかレアじゃないだろうか。


「おいっ、坊! お前、うちの娘に何、手を出して――」

「手を出しているのは、姉さんの方だよね」


 音哉兄、ツッコミが的確すぎるよ。


「……文句があるのなら、自分で作って食べて。そもそもハクのナポリタンを無料タダで食べようなんて100年早い」

「今のは安ちゃんが悪いと思う」

「うぇっ?」


 白兎たそには満面の笑顔なのに、父さんにはクール対応――を通り越して塩対応。でも舞夏姉的には通常運行。さらに、まさかの美晴母さんの援護射撃。

 そこに明、鳴まで味方をつけた白兎たそ。最強過ぎる。父さん、どう考えても分が悪すぎるって。










「みんな、俺にもうちょっと優しくしてくれてもよくない?!」


 父さんの大絶叫が響く。

 ただ、そんなことを言っている場合だろうか。父さん用のスパゲッティーをモグモグしている明比と鳴が――。





「あぁぁぁぁっ、俺のスパゲッティー!」






 

 再度、父さんの断末魔の叫びが響き渡ったのだった。


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