第2話 白豚君はオオカミ少女の噂が気になる。



 ――夏休み9日目。

 つまり、夏祭りの次の日。僕は悪友の家で盛大にため息をついていた。




■■■




「なにやってんのさ?」


 心の声が思わず出てしまった。


「……容赦ないな?! もうちょっと優しくしろよ!」


 悪友の新汰がお粥を食べながら抗議する。だが、食べながら喋るんじゃありません。


「大丈夫。LINKアプリで理彩さんにも同じことを言ったから。本当に君らバカップルだよ」


 成立したのは昨日――もともとその傾向はあったけれど。いざ彼氏彼女カレカノの関係に親友達がなったのは望ましいと思う。でもさ、名残惜しいのは分かるけど。あの豪雨のなかを、ずぶ濡れデートするとか、君ら本当にバカなの?


「……だ、だってさ。もうちょっと一緒にいたかったんだよ」

「それで熱を出したら、どうしようもないでしょ」


 どことなく寂しさを感じさせる新汰の笑み。それだけ、離れがたかったということか。でも、それも青春かって呆れつつ、僕はスポーツ飲料を使い込まれた学習机の上に置く。


 お粥は作った。汗だくのパジャマは洗濯をした。冷蔵庫にも、飲みやすいようゼリーを置いた。新汰の両親に「よろしく」と言われたらしょうがない。それに、僕の性分でもある。


白都はくとってさ、絶対に良いお嫁さんになるよな」

「それを言うなら、お婿さんって言って。それから【豚】は人間とは結婚できないらしいよ」


「あいつらの言うことなんか、気にするなって。今度、俺がボコるから」

「新汰は、風邪をなおすことを考えなって」


 僕への悪口を聞くと、誰にでも噛みつくのが新汰だった。この界隈で彼は不良達ヤンキーズを震えあがらせる【首領ドン】と呼ばれる存在なのだ。でも新汰はそんな評価はどこ吹く風だ。そして、だからって万事、それで解決するわけじゃない。


 表で嘲笑えないのなら、陰で刺す。つまり陰口。ただ、言われることは事実だと思うから、聞き流す。僕の声質は女声メゾソプラノ。体格は脂肪体質。【白豚】って表現は的を射ていると思う。


「あいつら、VTuber安芸白兎アキハクトの中の人が、樋ノ下白都だって知ったらビックリするんだろうなぁ」

「今、そこでソレ言う?! もう差し入れしないよ?!」


 僕はゲンナリする。


「だって事実じゃん。俺だって、事前情報なしに安芸白兎の動画観てたら、即墜ち案件だからな。今でも即落ち案件だけど」

「キモいよ」


 お世辞抜きで言っているのが分かるから、なおドン引きだ。


 ご当地密着食い道楽系VTuber、安芸白兎。ゴスロリ・ツインテール姿の容姿アバターを描くのは、イラスト同好会所属、相良理彩さん。昨日付で新汰の彼女さんにランクアップしたわけだけれど。


 剛田新汰。首領ドン新汰あらた。もしくは鉄巨人ジャイアント・剛田なんて異名があるが、この悪友の真髄は生粋のオタク気質にある。VTuber、ボカロ好きが高じて音楽をはじめ。今は並行して動画編集にのめり込んでいる。。


 そして樋ノ下白都。〝安芸白兎〟の中の人。正直、一度試食した場所で、再度美味しくいただくだけのお仕事、だから、特に演技もしていないのだ。それなのに最近30万PVを越えたのだから驚く。人気を博したのはこの二人のおかげと言える。


 この三人で、安芸白兎制作チーム「因幡の白兎達しろうさぎーズ」を結成して3ヶ月。もちろん、僕ら三人以外知る由もない。というか、知られたら本当にお婿さんに行けないレベルで、恥ずかしいすぎる。黒歴史ってこういう、こういうコトを言うんだと悟った、16歳の夏でした。


「俺、白都のおっぱいで、ムスコが勃つ自身あるぞ」

「そういうの、理沙さんの前で言わないでよ。本当にドン引きだから」


 呆れて二の句が継げないとはこのことか。イケメンの顔に生まれながら、行動が残念すぎるのだ。理彩さん、コイツのドコが良かったんだろう? 今年に入って最大の謎である。

 多分、理沙さんを逃したら、一生彼女はできないんじゃないかってレベルで、新汰はひどい。せめてデリカシーは欠片でも良いから持ってほしいと切実に思う。


「……今回は予約投稿分で行くとして。次回の収録が問題だよな。できるだけ早く、治すから。本当にすまん!」

「それは良いんだけどね」


 だからお粥を食いながら喋らない。意外に元気そうで良かった。それにしても、どう切り出したものかと思案する。

 

 ――安西さんの家で、夏休み期間中バイトをする。


 言うべきことは、ただそれだけなのに。収録の時間も配慮してもらわないといけない。


 それなのに――。

 どうしてか。

 言葉に出すことができなかった。





 昨日のシャワーの音が耳に響く。





 ――安西舞夏は、尻軽ビッチ。幼馴染みをキープして、大学生はもちろん。オジ活までやっているんだってさ。最低じゃねぇ?


 誰かが投げ放つ、無責任な陰口。僕が大嫌いな言葉だ。それなのに――その言葉が鼓膜を震わせて離れない。




 気持ちを切り替えて、雨の音を思い出せば良い。

 昨日の雨音を。

 過ぎゆく雨足を。


 それなのに。

 唇が乾く。


 喉の奥が、ヒリヒリする。


 ワケが分からない。

 だから、軽はずみに新汰に言えない。


 外で鳴く蝉の声が、昨日のシャワーの音にかき消されて――。





『樋ノ下の背中って大きいよね』





 安西さんの声。

 どうしてあの日、僕らは一緒にシャワーを浴びたんだろう?

 別に、新汰に隠すことなんてないのに――。






 ――安西舞夏は誰とでもヤる、尻軽ビッチ。おまけにウソツキな、オオカミ少女ギャル。会ってた人、お父さんなんだってさ。パパ、何人いるんだよ。マジ、ウケない?





 陰口に蝕まれていく。

 僕は結局、新汰にそれ以上のことを言うことができなかった。

 

 

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