第16話 バカにするな!
窓の向こう側、通りを歩いている超絶美少女。
黒絹のように艶やかで美しい黒髪ストレート。スレンダーで一片の無駄もない完璧なスタイル。それでいて意外と肉感的な黒タイツ脚。
瑛理子先輩だ。
顔はチラッとしか見えなかったけど、あの後ろ姿は見間違うはずもない。
だが問題なのはその隣を歩く人物だろう。
瑛理子先輩の隣には、背の高いイケメンが並んでいた。やけに馴れ馴れしい感じで。
は? 何で? 瑛理子先輩の彼氏? いやいやいや、あの瑛理子先輩に限ってアリエナイ。
男の影なんて一度も感じなかったぞ。
むしろ男嫌いなイメージなのに。
お兄さんとか……?
ダメだ、気になる!
俺は瑛理子先輩の彼氏でも何でもないのに、気になって仕方がない。
「どうしたの、俊くん?」
俺がボーっとしていたからなのか、真美さんが心配そうな顔になる。
「あっ、な、何でもないです」
「そう? 何か心配事があったら相談してね」
「はい」
ダメだな俺は。真美さんとデートしているのに、他の女子を気にしちゃうなんて。
でも…………。
それからは真美さんを何を話したのか記憶が曖昧になってしまった。
頭の中に瑛理子先輩と男が浮かび、相槌を打つのがやっとだ。
結局、そのまま話は盛り上がらず、俺たちは喫茶店を出た。
俺のバカバカ、バカ野郎!
せっかく真美さんと初デートだったのに。
一体何をやってるんだ!
「ホントに大丈夫? 俊くん」
真美さんが不安な顔だ。
俺を見つめながら歩き続けている。
「だ、大丈夫です。すみません、せっかく真美さんとお出掛けなのに」
「ううん、私はいいよ。俊くんが心配だよ」
その時だった。俺を見つめながら歩く真美さんが、赤信号のまま横断歩道に出ようとする。
「危ない!」
「きゃっ!」
キキキィィィィー!
ぎゅぅぅぅぅ~っ!
あっぶなっ! 間一髪だったぞ。
走ってきた車に轢かれそうだった。
真美さんが無事で良かった…………って、あれっ?
俺は真美さんを思い切り抱きしめていた。柔らかな体を包み込むように。もちろんGカップ(推定)も……いや、これ以上は言うまい。
「あ、あの、すす、すみま……」
「んっ♡ んんっ♡」
真美さんの様子がおかしい。
「んっひぃいいいいいいぃ~っ♡」
「ええええっ!」
何故か真美さんは変な声を上げて気絶した。目が裏返っていたり涎を垂らしていたりと危なっかしい。
「真美さん? 真美さん? 大丈夫ですか?」
「あっ♡ んぁ♡ ふぁああぁ♡」
大丈夫じゃない!?
しばらくベンチに座って休憩したら真美さんが復活した。
まだ顔が赤くて心配だけど。
「真美さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。もう大丈夫だよ」
「突然倒れたから心配しましたよ」
「ごめんね。急だったから、心の準備が」
紅潮した顔の真美さんが
やっぱり俺が触っちゃったからだよな。清純派の真美さんだから、異性に触られるのに慣れていないだろうし。
悪いことしちゃったな。
「あの、さっきのは
「うん、分かってるよ♡ ありがとね、俊くん♡ むしろ下心で良いのに♡」
「ですよね。下心はダメですよね」
「うんうん♡ 下心全開だよね♡」
真美さんは優しい笑顔だ。
良かった。許してくれたみたいで。
やっぱり真美さんは優しくて純粋だな。
それからは真美さんと会話が弾んだ。二人で並んで道を歩く。まるで恋人同士みたいに。
どうやら、さっきの上の空だった喫茶店の失態を挽回したみたいだ。
「真美さ……」
ん!? また瑛理子先輩の黒髪を見かけたような?
俺たちの目の前にある交差点。真美さんの肩越しに、黒髪ストレートの女性が見えた。男と並んでビルの間の路地に入ってゆくのを。
「しゅ、俊くん♡ これからどうする? ほ、ホテルで……とか」
「ごめんなさい、真美さん! 俺、ちょっと用事を思い出して」
俺は真美さんを残し走り出した。黒髪ストレートの女性が消えた路地裏へと。
◆ ◇ ◆
あの後ろ姿が瑛理子先輩なのか確証もない。
それなのに俺は走っている。
まるで幻影を追いかけるように。
俺は何をやっているんだ!
せっかく真美さんと良い感じだったのに!
真美さん、何か言ってたよな?
俺はバカだ! 大バカだ!
憧れの真美さんを残して、本人かどうかも分からない部活の先輩を追いかけてるなんて!
「あっ!」
路地を抜けてから少し走ったところ。雰囲気が良くお洒落なオープンテラスのレストランに、瑛理子先輩の姿を見つけてしまう。
あの他を寄せ付けない女王みたいな超絶美人は、間違いなく瑛理子先輩だ。
隣に例のイケメンもいる。
「くっそ! 何かイライラする」
気づかれないように近づくと、二人の会話が聞こえてきた。
「瑛理子、いつになったら僕の話を聞き入れてくれるんだい?」
長身イケメンの男が、わざとらしく気取った態度で話し続ける。
「キミにとっても悪くない話だと思うよ。グループを追い出されて金に困っているんだろ? ほら、キミが首を縦に振れば全て解決する。きっと亡くなった御父上の
は!? 御父上だと!?
何の話だよ!
「キミも女だてらに頑張っているみたいだけどさ、どう
軽薄な笑みを浮かべたイケメンは、上から目線で講釈を垂れている。
会話の端々に見下した態度が感じられ、聞いているだけでイライラさせられるのだが。
「だからさ、キミが僕の妻になれば全て丸く収まるんだ」
ぶっちーん!
俺の体は勝手に動いていた。頭が真っ白だ。
柵を乗り越え、オープンテラス席に座る二人の前に躍り出る。
「瑛理子先輩! け、けけ、結婚するんですか……」
あっ、しまった。
つい熱くなって飛び出したけど、俺と瑛理子先輩は何でもないんだ。プライベートな話に入るのは失礼だよな。
「大崎君……」
気づいた時には遅かった。
瑛理子先輩が目を丸くしている。
長身イケメンの方は、イラついたように顔をしかめた。
完全にやっちまった。
俺は本当に何をやっているのだろう。
オープンテラス席のテーブルには、俺のドリンクが置かれている。何かよく分からないトロピカルな飲み物だ。
長身イケメンが『何だキミは、失敬な!』と俺を追い出そうとしたが、瑛理子先輩が『一緒にいてちょうだい』と言い出して、何故か三人でお茶することになった次第である。
「おい瑛理子、この男は誰だ!?」
ただでさえ針の
対して瑛理子先輩は、いつものようにクールな女王様である。
「誰って、部活の後輩よ」
「聞いてないぞ!」
「私も言ってないわ」
「何だと!」
長身イケメンが俺を睨む。
勘弁してくれ。俺は何もしていないのに。
「あ、あの、ちょっと良いですか?」
俺は聞いてみることにした。
「何かしら、大崎君」
「こちらの男性はどなたですか?」
「彼は
「ただの親戚ではない! この瑛理子の夫となる男である」
聞いてもいないのに鷹司とかいう男が口を挟んできた。
「瑛理子先輩、結婚って?」
「しないわよ。彼が勝手に言っているだけ。そもそも興味ないわ」
瑛理子先輩の『興味ない』でホッとした自分がいる。
ただの先輩後輩なはずなのに。
「興味ないとは何だ! せっかく僕がキミを救ってやると言っているのに」
「何の話かしら? あなたに助けを求めてなんかいないわ」
「何だと!」
また二人が討論を始めてしまった。
「私には小説家になるという夢があるの。誰にも邪魔をする権利なんてないわね」
「はあ? 小説家だぁ? まだそんな子供みたいなことを言っているのか。くだらない」
鷹司の顔が、あからさまにバカにした表情になった。
「そんなものは負け犬がやることだ。はぁ、小説ねえ。まるで人生の落後者だな。人間はね、有名大学を出て優良企業に入り上り詰め、富裕層になるのが勝ち組なんだ。まともな仕事ができないから、小説だの芸術だのと言って逃げているのではないのかい?」
「有名大学や優良企業だけが人生じゃないわ。様々な分野で活躍する人もいる」
「そんなモノが何の役に立つというんだ。くだらないな。瑛理子、キミは結婚して子育てをしていれば良いんだよ。エリートの僕に付き従って、黙って命令を聞いていれば――」
ダンッ!
カッとなった俺は、強くテーブルに手を突き立ち上がっていた。
「先輩をバカにするな!」
何故だか分らないが、瑛理子先輩をバカにされるのは我慢ならない。
俺の中にマグマのような怒りが込み上げていた。
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