元太との関係


 ――クビ宣告をされた翌日でも、現場には来るしかない。

 決まっていたエキストラの仕事を飛ばす勇気も、余裕も、僕にはなかった。


 薄暗い撮影所の裏手で、ADに呼び止められた。


「エキストラの方?」


「はい。僕です」


「マネージャーの方は?」


「すみません。今日は、一人なんです」


「そうなんですね。では、こちらへどうぞ」


 案内された控室は、ざわついた空気で満ちていた。

 入った瞬間、別のADが声を張る。


「主演の、西条元太さん入りまーす!」


 明るいライトが一斉に向けられ、同じ事務所の後輩西条元太がマネージャーを従えて入ってくる。

 彼が現場入りした瞬間、周囲の温度が変わった。


 ――これが“主演”か。

 かつては同じエキストラ仲間、彼とは養成所時代からの同士だった。


 すぐ横で先輩俳優が鼻で笑った。


「見ろよ。アイツ、主演だって」


「そうですね」


「……お前、悔しくないのかよ? マネージャー一緒だろ? 小林さん、お前の現場なんて全然来ないのにさ」


「まあ、いつものことなんで」


 本当は、悔しさより先に“虚しさ”が来ていた。いつもならこんな言葉、流しているのに、昨日のクビの宣告が頭を離れない。


「あいつ、このあいだまで俺らと一緒にエキストラしてたのにな」


「そうですよね。風太なんて、一時期事務所からセット売りされてなかったっけ?期待の若手イケメン俳優って。お前の方が演技上手かったのに、差がついたよな」


「先輩……」


「あ、ご、ごめん! 悪気はないから!」


「大丈夫ですよ。事実なんで」


 笑ったつもりなのに、頬が引きつっていた。


 そこへ別の俳優が声を潜めて言う。


「そういや……元太のこと、聞きました?」


「元太?」


「うん。“売れた本当の理由”」


「本当の理由?」


「だって大して演技も上手くないのに、急に主演なんて異常じゃないですか。“あのパーティー”ですよ」


 その言葉に、周囲が一瞬、静かになった。


「……あのパーティー行ったのか、あいつ」


「やっぱりな」


 俺だけ置いていかれたような気持ちで聞き返す。


「あのパーティー、って……?」


先輩俳優が驚いた顔で振り向いた。


「風太、知らないのか?」


「はい……」


「西園寺レミ。うちの事務所の女社長だろ?」


「……はい」


「レミさんが主催するパーティーがあるんだ。お気に入りだけ呼ばれて、まあ……なんて言うのか……好き放題だよ。そのパーティーに行けば、絶対に売れるって言われてる」


 先輩の声は冗談めいているのに、目だけは冗談じゃなかった。


「俺も一度だけ行ったけど……あれは二度と行かない。心の底からそう思ったね」


「なぜです? 売れるかもしれないのに?」


 そう聞いた瞬間、空気が変わった。

 先輩の顔はさっきまでと全く違うものになっていた。


「……お前も行けば分かる。あの女は恐ろしい。あれだけは、本当に……」


 言葉の続きを飲み込むように、先輩は視線をそらした。


 胸の奥が、ざわ、と波立つ。


 ――クビになりかけている僕。

 弟の学費が必要な僕。

 このまま消えていくのを指を咥えて見ているだけなのか。


 “あのパーティー”に行けば、売れる。


 売れれば……弟を助けられる。


 喉の奥が、苦く鳴った。


 ――行くべきなのか?

 自分の未来と、弟の人生のためなら……。


 そんな考えが、一度頭に浮かんだ瞬間、もう振り払えなくなっていた。

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