弟の学費を払うために恋愛リアリティーショーに出演することになりました
@1710010129j
俳優をクビになった日
テーブルの上に広げられた契約書を、俺は、椅子に深く腰掛けながらぼんやりと眺めていた。
紙を透かすように天井の光が落ちてくる。胃の奥が重たい。何度読み返しても、文字はやけに冷たく見える。
――ハア。今、俺は絶体絶命のピンチを迎えている。
ため息は、誰もいない部屋に虚しく吸い込まれていった。
*
事務所に呼び出されたのは、その日の夕方だった。
オフィスの空気はどこか乾いていて、いつもより冷たく感じる。
担当マネージャーの小林が机の前で腕を組み、俺が椅子に座るのを待っていた。
「風太。お前の契約の件なんだが……来月で打ち切られることになった」
その一言は、まるで真っ直ぐ額に突き刺さる矢のようだった。
「……え?」
聞こえたはずなのに、理解が追いつかない。
「どういうことですか?」
自分の声が少し震えていた。
小林さんは眉一つ動かさず、淡々と続ける。
「どういうことも何も、そのままの意味だよ」
その声が、もう何度もこういう修羅場を経験しているプロの音に聞こえて余計に胸が痛んだ。
「小林さん……待ってください。どうか、考え直して頂けませんか」
反射的に言葉が出た。
小林は深くため息をつく。
「風太。お前をスカウトしてもう5年だぞ。今だにエキストラの仕事しかないお前を、この大手事務所がこれまで置いていてくれたことに、感謝すべきだろ?」
言葉は責めているようで、でも嫌味じゃなかった。ただの事実。正論が俺の胸を突き刺す。
正しいからこそ、苦しかった。
「お前ももう二十二だろ。普通に就職するなら今がラストチャンスだ。……良かったじゃないか」
良かったじゃないか、と言われても。
胸の奥では悲鳴のような感情が暴れていたのに、俺の口から出たのは小さな声だけだった。
「……は、はい」
それしか言えなかった。
*
事務所を出た瞬間、夕方の風が肌に冷たく触れた。
歩く足音だけが、やけに響く。
――そう。あと一ヶ月で、僕の俳優人生が終わる。
心の中で呟いた言葉が、妙に静かで、妙に現実味があった。
だが俺は、俳優を辞めるわけにはいかなかった。弟のためにも。母のためにも。そして、、、アイツのようにならないためにも。
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