第9話【死に至るゲーム】
――僕らは、今更思う。ああ、あれは夢ではなかったのかと。
――僕らは、今更気づく。この世界に、逃げ場など無いと。
僕らがどれだけボロボロになろうと、この地獄は終わらない。一度この地獄への片道切符を手にした僕らは、もう、どこにも逃げられない。喜んで飛び込んだ景色の向こうが、たとえ地獄だったとしても。愚かな凡人である自分が選んだ……ただそれだけが、事実として残る。
……僕は思う。いや、皆が思う。
ああ、夢だったら良かったのにと。
そんな僕らを前に、彼は言う。輝く笑みで、当たり前のように。全てを焼き尽くし魅了する、その太陽のような存在感で、今日も僕らを死へと誘う。
「では、第1ゲームを始めましょう。『友情クイズ』……一問不正解で、即死亡。今回の予想生存率は40%です」
天才として生きるか、凡人として死ぬか。
彼が死のリスクと引き換えに手渡すのは、この世界でやっていける圧倒的な「才能」。僕らはその甘美な誘惑に魅了された、醜く汚い虫およそ5700匹。
……ああ、これが僕が選んだ現実か。これが、僕が望んだ天才への試練か。
ギフトが軽くルール説明をしている間、僕は何度も同じ思考を反復していた。
「……ですから――……」
ああ。ああ。もう逃げたい。あの時の景色が、ずっとずっと……頭から離れてくれないから。
誰か、僕をもう許してくれ。この記憶を、僕から消してくれ。
「誠、ほら……移動するぞ」
「…………。はい……わかりました」
僕は全てが朽ち果てた人形のように、2人の後に着いていく。ギフトが何か言っていたけど……それは、もう覚えていない。
――ああ、何もやる気が出ない。
♤♤♤
「えーっと、まずはルールの紙を読むか……」
昨日と同じような小体育館に案内された僕らは、また昨日と同じく警告色の紙を発見した。
黄色と黒の警告色。
僕らを不安にさせるその色合いは、今の僕には効きすぎる。
ああ。また誰かが死んでいくんだ。
僕が、僕がした行動で……また、誰かを殺すのか。
虚ろな瞳で読んだ「友情クイズ」のルールは、ほとんど頭に入らなかった。もし前回のように小さな文字で何か書いてあったとしたら、まあ、それは確実に見落としたと思う。
でも、このゲームの大まかなルールだけはちゃんと頭に残っていて、この期に及んでまだ「生きたい」と願ってしまう自分の自我に呆れてしまった。
僕の脳はモヤがかかったように朧気で、一切の情報を受け付けないのに。なのにまだ……生存本能が身体を動かすんだ。
僕は呆れとも失望とも違う何かを抱えながら、この友情クイズのルールをおさらいした。
友情ゲームのルールは大体3つだ。
1つ。部屋ごとにグループを組んで、10分間はフリートークをする。
2つ。フリートークの後に、事前に用意された20種類の問題から3つ選んで、グループのメンバーに出題する。
3つ。誰が回答しても良いが、間違えたら、回答者と出題者は一緒に殺される。3分間無回答だった場合は、出題者のみが殺される。
「……はあ。また酷えルールだなこりゃ……」
悟さんが、苦々しげにそう呟いた。続いて、
「ホンマやな……まじもんのデスゲームやん……」
「だね……」
山本と、他の同居人も同意する。
僕のせいで人の減ったグループは、なんだか全体的に元気が無い。あいつらは気が狂ってしまった犯罪者だったけど、紛れもなく僕らの盛り上げ役だったんだ。
そんな、今更考えてもなんの意味も無い考察をしながら、僕は山本に話しかける。
「……山本。僕が出題者になったら――……」
「ん? おう、任せときーや。ちゃーんと全部答えたる!」
…………違う。
山本は大きな勘違いをしたまま、僕に陽だまりのような笑顔を向ける。その無邪気で愛嬌のある笑顔がなんだか羨ましくて、そして、対照的な自分の姿を惨めに感じる。
「山本、僕は……」
「では、10分間のフリートークを開始してください」
……僕は、死にたいんだ。
そんなことを口にしようとした僕の声を、スタッフの事務的な声がかき消した。
「ん? 誠、なんか言った?」
「あ……いや、何でもない」
いつも通り明るい山本の前で、こんな本音を打ち明けるのは、なんだか億劫になってしまった。でも実際は、僕の心のどこかで芽生えた山本に対する申し訳なさが、僕の行動を縛ったのかもしれない。
……もう、なんでもいいや。
「じゃあ、まずは皆の名前から聞いていこかー! 俺、山本な! はい時計回り!」
明るい山本の声も、皆の声も、もう何も、わからなくなった。
♤♤♤
「……でなー? 俺見た目が野球部っぽいから野球部やと思われんねんけど、実は家庭科部なんよ!!」
「山本君、マジかぁ!?」
「大マジっすよ悟さん!」
…………まだ、続くのか?
僕は無音で時間を計測するタイマーを見て、気だるげに、密かにそう思った。10分なんてあっという間だと思ったのに、僕の思いとは裏腹に、時間は恐ろしくゆっくりと過ぎていく。
「へえ、で、伊藤は何部なんだ?」
「ぼ、僕は、美術部で…………」
ああ。長い。じれったい。遅い。
……早く、僕を殺してくれ。
僕はこの10分間のフリートークで、ほとんど何も話さなかった。別に、何か聞かれればちゃんと答えたし、場の空気を壊すような態度は取っていない。あの事件のことを知らない同居人たちは僕のことを「そういう奴」として評価したし、僕の世話をあれこれと焼いたのは、山本と悟さんだけだった。
……まあ、他のメンバーも、僕ら3人の様子がおかしいことには、なんとなく気づいていたのかもしれない。
だって、彼らからすれば僕たちは、「よくわからないけど大怪我を負った奴」であり、昨日は「何故かわからないが部屋を移動させられた日」だ。
その後で僕が適当な……というか生気の感じられない態度をとったら、多少は不思議に思うだろう。
「で、誠は部活入ってないんやけど――……」
ピピピピ。ピピピピ。
山本が僕の紹介をしかけたとき、淡々とした電子音が部屋中に響いた。音源は、この部屋に設置されたタイマー。チカチカと文字盤を点滅させ、トークタイムの終わりを告げている。
……ああ。ようやくか。
僕は、絶望の中に光る雨粒のような、そんな僅かな光を見た。もう、これで終わりにしよう。……どうせ、1ヶ月も生き残れないから。
女の子も、同居人も、……どっちにも顔向けできないから。
「では、友情クイズを始めます。最初は誰から……」
「はい」
「……では、前へ」
僕は誰よりも速く手を挙げて、機械的な所作で立ち上がった。昨日は怯えていたあのステージが、僕を祝福する天国に見える。
……ああ、人ってこんなに早く狂えるんだな。
自分の心の弱さすらも、もはや過ぎてしまった事象のように可愛らしい。僕は問題を選択するために配られた紙を見て、そしてニヤリと微笑んだ。
……誰だ、こんな意地悪な問題を考えたやつは。
ああ、本当に、最高だ。
僕は問題文を読み上げた。
その瞬間、場の空気が凍った。
全員の視線が山本に集められる。僕の1番の――……友人に。
「…………それでは、第1問。僕に親友は何人いるでしょう?」
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