第5話【極限のせい】

 ボロボロになった人間の姿。殴られ、蹴られた人間の姿。それから、女の子の――……。


 色々な光景が脳をよぎる。言い表せない不快感で気持ち悪くなってしまう。


 ……言うまでもないかもしれないけど、僕らは極限状態に置かれると簡単に狂う。すぐに人を疑うし、自己中心的になるし、時には人としての良心や理性を忘れてしまう。


「ぼ、僕は悪くない……僕は悪くない……僕は悪くない…………」

 

 ……やっぱり一般人である僕に、誰かを守ることなんてできなかったんだ。たった1回生き残ったくらいで、僕が天才になったわけでも、周りが成長した訳でもない。


 ――わんちゃん、付き合えんじゃね?

 ――ここには今、警察も裁判官も居ねえんだからよぉ!


 

 狂った人間を止めることなんて、僕らには荷が重すぎたんだ……。



 僕は布団の中で震えながら、先程の光景を何度も思いだしていた。あの時、もし僕が行動していれば、こんなことにはならなかったのだろうか? それとも、僕が天才にでもならない限り、この事態は防げなかったのだろうか?


 ――ああ、なんでこうなってしまったんだろう。


 僕は誰も居ない部屋の中で、さっきまでの光景をまた思い出していた――……。



♤♤♤


 

「風呂気持ちよかったですね」

「そうだな。……デスゲーム中だってのに、設備だけは一流なんだよな」

「あ、せや。皆でまた雑談大会せえへん?」



 風呂から上がってきた僕と山本と悟さんは、三人で部屋に戻ってきた。次のゲームは明日開催らしいから、僕らの恐怖も薄れていて、心境はとても平和だった。


 僕はこれから起こる事件も知らずに、のんびりと部屋の扉を開ける。部屋の奥に視線を向けると、そこには何人かの同居人が集まっていた。


「……お。丁度いいところに。こっち来な」


 ……誰だっけ。


 僕たちは、まだ名前もわからない同居人に手招きされ、部屋の奥へと歩いていった。まだ布団も敷かれていない状態の部屋はやっぱり寂しいけれど、人数が多いからあまり気にならなかった。


「なになに、どしたん?」

「まあ座れって」


 山本が不思議そうに声をかけると、同居人たちはポンポンと畳を叩いた。僕らが座ってからようやく、その同居人は言葉を発する。


「……さっきの自己紹介ゲームでさ……脱いでるやつが居たんだよ。しかも女子」

「「「は?」」」


 聞き間違いかと思った。脱いでるやつ? しかも女子? そんな、エロ漫画的な展開が、なんとリアルに起こったらしい。


 僕は流石に嘘が下手すぎるだろ、とは思ったけど、とりあえず続きがあるようなので、同居人の1人に視線を向けた。


「で、だから何なんだ?」

「うお、誠くん食いつくねー。それでなんだけど……」

「食いついてねえし」


 僕は単純に話のオチが知りたくて、さっさと続きを促した。この同居人……なぜか僕の名前を覚えている彼は、僕がエッチな話で興味を持ったと思ったみたいだけど、そうじゃない。


 その話を切り出す雰囲気に、なんとなく違和感を覚えたんだ。


「で、その脱いだ子が自己紹介の時に『最近彼氏と別れた』っつってたんだよ」

「おお……」

「それで、俺は考えたわけ」


 その大学生らしき同居人は、悪巧みをするように顔をちかづけると、


「ワンチャン、付き合えるんじゃね?」


 と、言い出した。ニヤリ、という表現がよく似合うような、陽キャの顔。僕はその発言で、自分が感じていた違和感の正体を自覚する。


  

 ――ああ。よくわかった。この違和感の正体は――……犯罪の匂いだ。



 僕は、中学の友人に酒を勧められた時のことを思い出して、無意識のうちに眉をひそめた。あの時の誘い文句まで思い出してしまい、僕の気分が不快に傾く。


 こいつは、僕に酒を勧めるやつと発想が一緒なんだ。……ああ、つまり、この後に続く言葉は……。


「なんなら、ヤれそうな気がするんだよ。……だって、ここなら警察も居ねえし、バレねえだろ?」

「「「……」」」


 ――俺ら、身長とかは大人とほぼ一緒だし、上手くやりゃバレねえよ。

 ――なんなら煙草も買えるんだぜ。ほら。



 ……馬鹿なヤツら。


 僕は心の底から彼を軽蔑した。違和感の正体が、より明確な輪郭を結ぶ。ただ下ネタ言ったり「あの子が可愛い」とか言うんだったら、こんな雰囲気にはなってないはずだから。


 僕らの性の話は、こんな真面目には基本ならない。

 

 単純に爆笑したりとか、「あの子はどうよ?」って言って盛り上がったりとか。こんなことを女子に言ったら軽蔑されるかもしれないけど、僕らが性の話をする時は、だいたいIQが下がってる。……しょうがないというか、悪気は無いというか……。


 まあ、とりあえず男子の平均的な反応は、こんなシリアスな悪巧みには落ち着かないんだ。……たぶん。


 だからこそ、


「俺たち、後で女子部屋行ってくるけどお前らも来ねえ? こいつがなんか、その女の子には『恩』を売ったらしくてよ。上手く行きそうなんだよ」

「「「……」」」


 こういう違和感を見逃すほど、僕は、僕たちは馬鹿じゃない。


「僕は行かない。実質脅しだろ、それ」

「ああ、誠の言う通りだ。俺も行かねえ。……というかお前ら、本当に告白だけだろうな?」


 僕が彼らの誘いを拒否すると、悟さんもそれに同意した。やっぱり、こういう時頼りになるのはしっかりした大人だ、と、僕はまたも安心した。


「こ、告白以外何があるんすか……てか、脅しじゃねえし……。あ、山本はどうよ? お前、なんか陽キャっぽいしこういうの好きそうじゃん?」

「え? 俺?」


 同居人たちは微妙な苦笑いを浮かべた後に、切り替えたように山本を見た。山本はキョトンした顔を浮かべ、同居人たちと僕たちを交互に見つめる。


 僕はその反応がなんだかおかしくて、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ笑みを零した。

 

 山本がそんなことするわけないだろ。そんなノリに乗ってしまうようなイキリ系だったら、僕はもう縁を切っている。山本がそんなことをするわけ――……


「んー、ほんなら俺も行くわ! なんかおもろそう!!」

「ぇ……」

「「「よしきた!!」」」



 一瞬で、顔から表情が消える。


「え……え…………?」

 

 ……山本、お前本気で言ってるのか――……?


 僕の中での大事な地盤が、この瞬間に崩れ落ちていくのを感じる。また自己紹介ゲームの時みたいに、自分の世界が揺らいでいく。


 山本が? あの、天真爛漫って感じの山本が、本当にコイツらに着いていくのか? 下手したら性犯罪とかもやりそうなコイツらに……着いていく……? 山本、が…………。


「や、山本…………」

「で、どの部屋行くんや?」

「上の階の1番奥!」

「あーい!」


 嘘だ。嫌だ。やめてくれ。お前までそっち側に行かないでくれ。なんで、お前はそんな奴じゃないだろ、おい、嘘だ、嘘だ…………。



 僕が言葉を失っていると、山本はいつもの眩しい笑みで僕を振り返る。



「ほな、そういうことやから誠! 上の階の奥の部屋、俺が居なくて寂しくなったら来てな! あ、例の女の子がどんな感じかもレビューしたるで!」

「…………行くわけ、ないだろ……」

 

 素直に、失望した。

 

 このデスゲームで真っ先に狂うのが、まさかお前だと思わなかったよ。……なあ、そういえばあんまり1対1で会話しなかったけど、お前、どういう心境だったんだ……?


 ……後から聞いた話では「脱いだ」のではなく「薄着だった」だけのようだが……そんなこと、彼らにはどうでも良かったのかもしれない。


 閉じられた扉の向こう側では、やたら耳につく笑い声が零れていた。


 

♤♤♤



「ねー? 俺と付き合おうよー。それとも、こいつらに大人しくさせてもらおうか?」

「っ……」


 1ヶ月間のデスゲーム生活を支える共同部屋の一つ。そこではまさに、極限状態の人間ドラマが始まろうとしていた。


 今回の主役は2人。小太りの男と、可憐な少女。誠の部屋に居た、推定30代の男と、10代の少女だ。


 この2人は、先程の自己紹介ゲームで少女を救った英雄と彼に救われた他人ヒロイン。まさに少女漫画のような立ち位置に居ると言って良いだろう。


 極限状態で事態に発展する確率は、無論多い訳では無いが、残念ながら0でもない。


 震災などでもそういう事態に発展するのに、なぜ「誰にも気づかれない監禁状態」で、そこに発展しないと言えるだろうか。



 このデスゲーム会場では、警察権や裁判権……あらゆる国家権力が及ばないのに。


 男性6人が部屋に居る状態での交際交渉。この部屋では、生きるか死ぬかのデスゲームが自動的に開催されていた。


「わ、私は貴方のことを何も知らないんですよ……? だって、名前すら…………」


 少女は怯えたような声音で言葉を返す。上目遣いで男を見るその視線には、隠しきれない嫌悪と恐怖が現れていた。その口から必死に紡がれる言葉は、「素性がわからない人とは付き合えない」というごく一般的な回答だ。


 しかし。


「……はぁ? 『名前がわからない』? マジで言ってるの?」


 少女が口にした何気ない言葉が、男に燃料を注いでしまった。無意識に、少女の目線が下を向く。1歩、身を引き安全圏に入ろうとする。


 その反応がさらに気に入らないのか、男は2、3歩少女に詰め寄った。


「俺がお前の名前答えてあげて、命救ったのに……俺の名前も知らないんだ?」

「えっ…………」


 沈黙が流れる。


 壁にかかっている時計の音が、無機質に、規則的に部屋に響く。同じ部屋に居合わせた他の女性の息遣い。当事者の少女の、震えた呼吸。


「……はあ? なんだよその反応。せっかく助けてやったのに、俺の事何も知らないんだね?」

「す、すみません……」

「すみませんじゃなくて。……ほら、命の恩人が『付き合ってください』って言ってるんだよ? 恩を返すべきなんじゃないの?」

 


 ――人間1人1人には、当人しか知らない物語がある。

 世界の全てを掌握することはできないし、それは才能に関係ない事実である。


 だからこそ我々は物語を伝えようとするし、情報を通じて世界を知る。



「で、でも……」

「はあ、もういいや。皆、こいつ連れて行こう」

「「「りょうかーい」」」

「えっ、や、やめてください……!」


 この少女と男の物語は、第2フェーズに移行する――……。

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