第3話【愚か者】

 今、僕の命運は、小林さんに託されている。彼が手を挙げて答える、その一連の動作だけが、僕を死の運命から救ってくれる。


「この方の名前がわかる者は?」


 頼む、僕を助けてくれ。僕の名前を呼んでくれ。僕の名前を、僕の名前を、助けて助けて助けて……。


 僕は切にそう願って、小林さんを注視した。


 しかし。


「っ……、え…………?」


 ……結局小林さんが、僕の名前を答えることは無かった。


 小林さんは完全な無表情で、明後日の方向を向いている。身体ごと右手後方に向けていて、その姿勢はやたらと美しい。もはや清々しさも覚えるようなその態度に、僕は絶望の声を零す。


「なん……で……」


 僕がそのまま彼の視線を追うと、そこには1人の高校生が居た。黒髪の単発、快活な黒い瞳。まるで野球部みたいな見た目の男――……。


「はい! 彼の名前は水野 誠! 俺のマブダチです!!」


 よく知っている声だった。


「は……。や、山本…………?」


 僕は呆然とその名を呼ぶ。視界に、信じられない人物が映っていた。僕が1番仲良くしている、中学からの友達が。こんな実験に興味の欠片も無さそうな、そんな意外な友人の姿が。


「では22番の方ー」

「っ……」

 

 ああ。


 僕は自分の愚かさをようやく理解して、顔から表情を失った。自分の醜い発想を後悔して、ようやく、小林さんに視線を向ける。

 彼が明後日の方向を向いていたのは、僕を裏切って知らんぷりしようとしたからじゃない。身体ごと、全身で僕から逃げたのは罪悪感から逃げようとしたわけじゃない。


「この方の名前がわかる者は?」


  

 他の人が自分より先に、手を挙げて回答したからだ……。

 


 僕は濁流のような罪悪感に包まれ、俯いたまま自席に着いた。ああ、ああ、と言葉に出来ない情けない気持ちに包まれる。


 彼は、小林さんは僕を裏切ろうとしたわけじゃない。僕の友達が先に手を挙げたから、わざわざ回答しなかっただけだ。彼は、僕から逃げたんじゃない。ただ、山本が先に手を挙げたから、社会人として礼儀正しく、身体ごとそっちに向けていただけ。


 

 全部、冷静だったら気づくようなことだ。

 スタッフの声さえ聞いていれば、僕がもっと視野を広く持てば、いつだって気づけたようなそんな話だ。



「次は、23番の方ー」



 ……僕は、本当は自分が生き残って嬉しいはずなのに、今日1番最悪な気分になった。目の前で誰かが生き死にのやり取りをしているにも関わらず、僕はそれを見届けなかった。


 僕は何度も何度も、自分の愚かさと卑しさに心を蝕まれ、懺悔するように繰り返した。



 僕は馬鹿だ。僕は馬鹿だ。僕は本当に、最低だ――……。



♤♤♤



「おっすー誠! ここで会うとは奇遇やなぁ!」


 あの名前認知テストから30分後。生き残った僕らはスタッフの誘導に従い、再び体育館に集められた。色々な方向にある扉から、ゾロゾロと人が入ってくる。


 疲れた顔の人、喜びを噛み締める人、怯えた顔の人……。皆色々な表情をしてるけど、一つだけ確かなことがある。



「「「…………」」」



 確実に、人数が減っている。

 

 徐々に人が集まりホール内の人数が増えているのは言うまでもないが、1グループ内の人数がほとんど半分まで減っていた。中には、2、30人しか居ないようなグループもあり、その存在感は異様だった。


 10分もしないうちに全員が集まったようで、再びステージに上がった金髪の男……主催者のギフトが言葉を発する。


「さて皆様、第0ゲームお疲れ様でした。……だいぶ人数が減りましたね?」


 ギフトはクスクスと美しく笑いを零すと、手元の紙に視線を落とす。その所作がいちいち格好良くて、僕はなんだかイライラしてしまった。


 こんな全てに恵まれてるやつが、恵まれていない僕らを殺す? なんだそれ、サイコパスすぎるだろ。どういう発想してるんだ。才能があるからって僕らを殺して良い理由にはならないのに、いや、天才だから僕らには理解できない何かを抱えてたり……? 何にせよ、すごく嫌な奴だ。


 僕がそんなことを考えていると、ギフトは軽やかに声を発した。


「さて、今回のリザルトを確認していきましょう。第0ゲーム、自己紹介ゲームの生存率は――……」


 すぐに、場の空気が変わった。ピリリとした緊張感が辺りを包む。彼の一挙手一投足に視線を奪われ、その艶やかな声を待ち望む。その美しい声が伝えるのは、あまりにも残酷でグロい数字。


「約57%……。死亡者数、4327人です」 

「「「っ…………!」」」


 言葉を失った僕らを前に、ギフトはその軽やかな声音を崩さない。寧ろ、先程よりも上機嫌そうに、手に持ったマイクをクルクル回してみせる。


「さて、皆様には『才能を伸ばすデスゲーム』を行っていただいておりますのでね、毎回、各ゲームの講評を行おうと思っています」


 ギフトが右手を高く上げると、背後のモニターに1枚の画像が映し出された。そこには「第0ゲーム:自己紹介ゲームの講評」という言葉が書かれていた。


 ギフトは更に続ける。


「私が今後行うゲームは全て、皆様の才能を見るものです。無論、今回の自己紹介ゲームでも、皆様のある才能……正確には素養ですが、そちらを見させていただきました」


 パッとスライドが切り替わる。そこにはシンプルな黒のゴシック体で、自己紹介ゲー厶で見た素養がとても詳細に記されていた。


「っ……なんだよ、それ……」


 僕の心に沸き立った苛立ちが、つい口をついて出てしまう。説明不足……いや、あえて説明しなかったのだろうが、そのゲームの作者による解説は、あまりに僕らにはハイレベルすぎる。


「こんなの詐欺だろ……」

「自分で気づけるわけねぇだろうが…………」


 僕の周囲の人たちから、そんな声が発せられる。怒りを通り越して絶望したような、そんなくたびれた人間の声だ。ザワザワと、最初の時ほどは大きくないざわめきが起こって、僕は「ああ、本当に人が死んだんだ」という事実を、今さら自分事として実感する。


 スライドに書かれた文を噛み砕く形で、ギフトはゲームの解説を始めた。その、あまりに求めすぎな、天才による解説を。


「まずこちらのゲームで見た素養は『聴く力』と『観察力』です。けして、『話す力』でも『カリスマ性』でもない」


 まず、この時点で僕らは負けていた。自分を知らしめることに注力しすぎて、このゲームの攻略法を履き違えたんだ。


 ギフトは穏やかな笑みを浮かべる。


「皆様は自分を売り込むことに力を入れておりましたが……全く、人間レベルも凡人ですねえ。コミュニケーションの基本は聴くことですよ。一方的なトークをする人に、一体誰が興味を持つんでしょうか?」

「っ…………」


 言葉が出なかった。


 僕の過去の言動を振り返り、そして、ギフトの想像通り動いてしまったことに恥ずかしさを覚える。



 ――何を言うべきか。あだ名か、本名か? 1発芸で注目を浴びるか? それとも……?



 ああ。僕は愚か者だ。奇跡的に生き残れたものの、僕の思考はすぐ死ぬ人間のそれだ。独りよがりで、自己中で、馬鹿で。……本当に、救いようがない。


「相手に興味を持つことで、向こうも自分に興味を持つ……これは、この現代社会でやっていく上では非常に重要なスキルだと考えております」


 ギフトは先程までの穏やかな笑みを崩すと、一気に冷静な表情に戻る。


「そして、この才能教育実験デスゲームでは……人としてレベルの低い人は生き残れません」

「「「っ……!!」」」


 ……まただ。また、あの顔をした。


 ギフトはほんの一瞬だけ、僕らに明確な殺意を向けた。どこまでも堕ちていけそうな闇と、危険な魅力の漂う顔を。


 僕らは再びその魔力に圧倒され、怯えたような視線を送ってしまう。しかし、ギフトは気にもとめていないように、


「今回生き残った皆様は……まあ少なくとも、運や人脈や知恵……この1カ月間生き抜く最低限の素養があると判断します。……たとえそれが、私が想定した能力でなくても」


 と言い、僕らを祝福するように拍手をした。顔には、太陽のように輝く笑み。


「皆様、生き残りおめでとうございます。本日はもうお疲れでしょう。今後1ヶ月生活する部屋にご案内いたします。部屋割り表をお配りしますね!」



 ……この男は、めちゃくちゃだ。


 僕らのことをとことん見下したかと思えば、求めるものはハイレベル。あっさり何千人も殺すくせに、僕らに丁寧な「解説」と「労いの言葉」までくっつけてくる。


「ああ……もう、よくわからないな」


 僕は諦めてそう呟くと、配られた部屋割りのプリントに目を通した。……どうやら僕の部屋は、20人で共同生活を送るらしい。


「隣の部屋は……女子、部屋……!?」


 そして、僕の見間違えでなければ、隣は女子20人で暮らす部屋。……いわゆる花園だった。



 これは、ギフトの策略か…………?

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