6 その少女、凄腕アーチャー

 トルデルは、仲間ニックが意識を失って倒れる姿を一瞥いちべつすると、ふらつく足取りで走り出した。

 斬り落とされた右腕を断面へ押し当てながら逃げていく――ヒースの炎で焼かれた為、繋がるにはまだ時間がかかりそうだ。


 ところがヒースは、トルデルの逃げる背中をまるで気にする様子もなくミツヤと話し始めた。


「ミッチー、コイツら性悪のイントルだったな」

「久々に見たな、ここまでひどいの。それよりヒース、あそこを見ろ。ここを目指して異形獣まものが3体来てるぞ」


 しかしヒースは平然と、警備隊員たちが仕留めた狼型の異形獣まものへ視線を落とす。


「でも、転がってるコイツと同じタイプだろ?」


 あまりに落ち着いている2人に、不安になった警備隊員が口をはさんだ。


「お、おい、君たち……助けてくれたのは有難いが。あの男、逃げていくぞ!?」


 ヒースはちらりとトルデルを見ただけで、警備隊員へニッと笑みを返す。


「大丈夫さ、がいるからな」


 警備隊員が反射的に、走り去るトルデルの後ろ姿へ視線を戻した――その瞬間だった。


「ぎいえええええええ――っ!」


 もんどりうつトルデル。その苦悶くもんは、右腕を斬られた時をはるかに上回っていた。

 3階建てマンションの屋上で様子を見ていた白装束の男、ヨハンが驚愕きょうがくに双眼鏡を固く握りしめる。


「サイモン殿! どこから矢が?」


 サイモンは静かに後ろを指さした。

 石畳を駆けてくる小柄な姿。その手には――黒光するコンパクトなクロスボウがあった。


 弧を描く、金属とも樹脂ともつかない黒い質感の弓部リムに陽光が反射していた。

 それは、カーボンファイバー製の武具が異世界に溶け込んだ姿だった。

 少女は走りながら、慣れた手つきで次のボルトをレールに乗せると、指先でクロスボウ上面の 小さなスライダーを手前へ引く。


 ――カチンッ。


 その数センチの動きに合わせ、内部のギアが弦をグッと引き込み――。


 カシャンッ。


 軽い力でも弦が確実に発射機構へ噛み合った。


 ふらつきながら逃げようとするトルデル。少女はその数十メートル手前で足を止めた。


 水色の瞳が獲物を決して逃さない狩人のそれへと変わる。

 少女はクロスボウの台座ストックを肩に固定し、左手で前方を押さえる。

 右手の指が静かにトリガーへ滑り込んだ――。

 矢じりの先へ視線が吸い寄せられ……呼吸を封じた中、引き金の節度感クリックが指に伝わった。


 パシュンッ――!


 2射目のボルトが一直線に飛び、石畳に影を落としながら真っ直ぐ走る!

 次の瞬間、トルデルの肩に深々と突き刺さった。


「ぐ、あああああああ……ッ!!」


 石畳に膝をつき、苦鳴を上げるトルデル。


 その様子を、すぐそばの3階建てマンション屋上で見ていたサイモンとヨハン。

 倒れ込むトルデルへ視線を向けたまま、サイモンは双眼鏡を構え直す。


「見ろヨハン、あの矢じりは銀だ」

「銀! 異形獣まものの頭部や心臓部にヒットさせれば確実に仕留めることが出来る素材として、最近噂になっている?」

「そうだ」


 サイモンはそこでヨハンへ視線を向け直し、三角頭巾の穴からギラリ黒い目を覗かせた。

 そして、サラッと恐ろしい事実をらす。


「ところで君、異形獣まものが元は異世界から来たイントルーダーだったのを理解してるよな?」


 その言葉は、何も知らなかったヨハンの脳天に雷が落ちたように響いた。幸い三角頭巾のお陰で表情は見えない。


(ウ、ウソだろ……? マジ、今日イチの爆弾発言じゃないかッ!?)


 数秒のフリーズの後、ヨハンは慌てて知ったかぶりの声を絞り出した。


「は、はい! もちろんです! こ、講習会でバッチリ習得済みですからっ!」


「なら話が速い。銀はイントルーダーの力そのものすら封じられる。触れただけで強い不快感を催すらしい。全てブルタニー王国の護衛隊からの情報だがね」


「ヒース! ミッチー!」


 少女の可憐な声に、ヨハンはハッと現実へ引き戻された。慌てて双眼鏡を構え直し、水色の髪を揺らして駆けてくる少女を映し込む。


「しかし、あんな華奢きゃしゃな腕でクロスボウを?」

「ジェシカ、16歳。あの少年たちの仲間だ。イントルではないが技量は別格だ。この一帯で彼女に勝てる弓使いはいないだろう」


 水色の大きな瞳がまっすぐ仲間へと向けられている。走る動きに合わせて、柔らかい水色の髪が肩で揺れていた。


「あ、あれがジェシカ……」

「ああ……あれが追っていただ。報告するぞ」


 ヨハンは改めてジェシカを見た。

 黒糸でえりそで刺繍ししゅうほどされた白いブラウスに、黒のギンガムチェックのスカート。足下あしもとは大きめのバックルが目を引く黒いショートブーツだ。その華奢きゃしゃな手には、可憐かれんな少女に不釣り合いなほど無骨なクロスボウが握られていた。


「もう、ヒース、勝手に行かないでよ!」


 ジェシカがヒースの元へたどり着くと、ぜいぜいと肩を上下させる。


「ジェシー今更……ヒースが待ったこと今まであったか? それより銀のかせ、もって来てくれたか?」


 ミツヤに言われ、ジェシカはスカートのポケットから銀製の手錠を2つ取り出した。


「サイモン殿、あの手枷てかせ……銀製なのは分かりますが、形状が妙です。2つの輪に両手を通す?」


 それは現代のアメリカFBIで使われる手錠の形状だった。2つの輪は短い鎖で繋がれ、片方には小さな鍵穴が刻まれている。

 サイモンは鼻で笑い、ヨハンに言った。


「あれもイントルーダーの刀鍛冶ソードスミスにでも作らせたのだろう。それに護衛隊のメンバーにもイントルーダーがいるな。異世界であの枷を使用していた男がね」


 ミツヤはそれを受け取ると、背中と肩の矢は抜かずトルデルの左手に手錠をかけた。途端、トルデルの顔色は更に真っ青に変化した。


「な、なんだこれ……うっ、気持ち悪……!」

「動けはするんだろ? ほら立てよ。この国の法に従ってもらう」


 続いてヒースが、ミツヤの電撃で気絶したニックの元へ向かい、同じく銀の枷を装着する。


「ほら、起きろ! 立てよ!」

「き、気持ちわりぃ……って、これ手錠じゃねぇか! どっから持ってきやがった!?」


 ニックも元居た世界の知識で「手錠」の形は認識していたようだ。

 ヒースは2人をそのまま警備隊員へ引き渡した。


「手際がいいな。君たち、いったいどこの所属だ?」


 隊員の質問より早く、ヒースは大通りの先100メートル前方に狼型の異形獣まものを視界に捉えた。


 グルルォォォォォォ――ッ!


 隊長を含む17名が斬り裂かれ、今まともに動ける警備隊員は3名だけ。

 ヒースはニックとトルデルの護送を、残った3人に任せる。


「急げ! あんたらの仲間は俺たちが守る。そんな顔すんな、大丈夫だって」


「ハ――ッハッハッハ! 20人がかりでやっと倒した狼型が、あと3体だぞ!? お前ら、たった3人でどうにかなると思ってんのか、笑わせるぜ!」


 警備隊員に引かれて歩くうち、トルデルの嘲笑も街の奥へ消えていった。




 ***《次回予告》***


 ミツヤ:そういやジェシー、馬車どうした?

 ジェシカ:街の入り口に停めてきた。

 ヒース:じゃぁもう着いてるはずだろ? アイツ何やってんだよ。異形獣まものあと3体来てるぜ?

 ジェシカ:それは次回、本人から聞いて。それよりタイトルコール!

 ミツヤ:次回、第6話「イントルーダーは異物」。お楽しみに!

 ヒース:あークソッ! またやられた! てか、アイツの紹介いらねぇぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る