第2話 完璧お嬢様は見栄っ張りでポンコツ

「あれは、深い理由があって話がこじれてしまったんです」


 相合い傘で下校中、深怜那みれなは交際の噂について語り始めた。


「深い理由?」

「はい。始まりは、朝陽あさひにしていた恋愛相談について志乃しのさんと佳詩よしかさんに話したら、例の事実と異なる噂を聞かされたことでした」


 志乃さんと佳詩さん。

 おそらく、深怜那と一緒にいた友人のことだろう。 


「事実とは異なるんだ?」

「先ほどあの二人にも言いましたが、根も葉もない噂です! が、下の名前で呼んだら、余計に詮索されてしまいまして」

「蓮と仲が良いのは事実だろう?」

「確かにれんくんとは小学校が同じでしたが……」


 蓮は俺たちが小学校に上がる頃に、近所に引っ越してきた。

 登校の班が同じだったのをきっかけに仲良くなって、三人で遊ぶことが増えた。

 まあ、深怜那は基本的に俺の後をついて回っていて、俺を通して蓮とやり取りすることが多かった気がするが……。

 それでも他の同級生と比べれば、かなり仲が良い方だったと言える。

 蓮は俺たちにとって、もう一人の幼馴染だ。


「だから二人が付き合っているって噂に、納得感があったんだけど」

「蓮くんとは幼馴染以上の関係ではありません。私には別に本命がいますから」


 深怜那はそう宣言する。

 同時に、繋いでいた俺の手を握って、じっと見つめてきた。


「そう言えば、いつまで手を繋いでいるの?」

「あ、すみません……」


 深怜那は手を離した。

 が、名残惜しそうに視線を落としている。


「別に、繋いでいたかったらそのままでも良いけど」

「そうですか……? ではお言葉に甘えさせていただきますね」


 深怜那はまた、そっと手を握ってきた。

 あれ。

 寂しそうな顔をしていたからつい甘やかしてしまったけど。

 相合い傘で手を繋ぐって、他人に見られたら誤解されそうだな。

 かと言って、今更やめられる雰囲気でもない。


「ふふふ」


 深怜那が機嫌を直したみたいだから、まあ良しとしよう。


「さて。話に戻るのですが」

「ああ。うん」

「蓮くんとの過去について話したら、『小学校から付き合いのある男子より関係の深い相手がいるのですか?』と質問されたんです」


 深怜那は少し声色を変えながら、友人たちとの会話を振り返る。


「それで……俺のことを話題に出したとか?」

「はい。私は『います』とうなずきました。実際、朝陽の方が付き合いが長いでしょう?」 

「確かに俺と深怜那の場合、物心ついたときには一緒だったけどさ」

「もちろん、朝陽との関係の特別性を表すのは、出会ってからの期間だけではありませんけどね」


 深怜那はなぜか得意げに「ふふん」と鼻を鳴らした。


「で、そんな存在がいるという話をしたら『もしかしてその方とお付き合いしているのですか……?』と尋ねられまして」


 深怜那はまた友人の声まねっぽいことをしている。

 実に愛嬌が溢れる振る舞いではあるけど……おしとやかな完璧お嬢様とは少し方向性が違うような。


「それで、肯定したらああなったんだ」

「はい。話を合わせて他の人と付き合っていることした方が、噂を消すには手っ取り早いと思ったんです」

 

 さっきから、なんでドヤ顔なんだ。


「俺の名前を挙げたのは、質問攻めに遭っていたところに、ちょうどいたから?」

「えっと。まあ、そんなところです」

「噂を否定できて良かったね……と言いたいところだけど、話が余計ややこしいことになってない?」

「はい。誤解を解いたら別の誤解が生まれてしまいました……」

「深怜那って、昔から見栄っ張りだよね」


 小学生の頃、深怜那はいつも俺の後ろにいる、引っ込み思案な女の子だった。

 しかし見栄っ張りなのは当時からで、お嬢様だったのも事実だ。


「見栄っ張りではなく、サービス精神旺盛と言ってください」

「完璧お嬢様はサービスでやっていたの?」

「もちろんそれだけではありませんが、『完璧お嬢様なら恋愛でもうまくいっているに違いない』と期待の眼差しを向けられたら、応えたくなるものでしょう?」


 どうやらそれが、深怜那の目指す完璧お嬢様というものらしいけど。


「小四の時も『お嬢様なんだからピアノが得意なんだろう』って期待されて、『実はそうなんです』なんて答えていたよね」


 普段は内気なのに、その時ばかりはやけに自信満々で。


「そんなことを言った気もしますし、言わなかった気もします……」

「忘れたとは言わせないよ。あの発言の結果、深怜那は音楽祭の合唱でピアノの伴奏の候補者になったんだから」


 あの当時、複数いた候補者は二週間後にクラスメイトの前でピアノを弾いて、投票で誰が弾くか決めるという話だった。

 問題は、深怜那はピアノを習っていたがお世辞にも上手とは言えない腕前だったことだ。

 日曜日に俺が自室で過ごしていると、隣の家から非常に独特な音色が聞こえてきたりした。


「あの時は、危うくクラスの皆さんの前で恥をかくところでした……」

「二週間でピアノが上手になりたいです、って泣きつかれて驚いたよ」


 ちなみに俺は、深怜那の家に遊びに行った時に少し触った程度だった。

 ほとんど弾けなかったが、深怜那に付き合って一緒に猛特訓した。


「私も必死だったんです……!」

「俺なんて最悪の場合、深怜那が上達しなかったら自分が弾く覚悟を決めていたからね」


 深怜那は手先が不器用なので、最初はうまくいかなかった。

 しかし、同時に努力家でもある。


「最終的には、見事に弾いてみせたでしょう?」

「結局他の候補者を押さえて、本番でピアノを演奏することになった時は、さすがだと思ったよ」

「朝陽の助けがあったからこそ、私は頑張れたんです」


 昔を思い返す深怜那は、なんだかんだ言いつつも楽しそうだ。

 完璧お嬢様、水上深怜那は実のところ、見栄っ張りでポンコツだ。

 しかし、人より出だしが遅いだけで、人より必死で努力して補って、見栄を現実にしてしまう力を持っている。


「……そういう深怜那の魅力に、みんな惹かれているんだろうね」


 深怜那の魅力を作り出すための、裏側の努力を知らない人たちは、深怜那を完璧お嬢様として見ている。


「朝陽も、惹かれてくれていますか?」

「そうでなければ、こうして手伝ったりしないよ」

「ふふ。私なりに努力を続けてきた成果ですね」


 深怜那は柔和な笑みを浮かべる。

 俺と深怜那は、中学では別々だった。

 俺は最寄りの公立校へ、深怜那は瑞穂高校の中等部に進学した。

 離れていた三年間で地位を確立し、深怜那は完璧お嬢様と称されるに至っている。


「中学で成長したのかと思っていたけど、安心はできる日は遠そうだ」


 根本的な部分は、あまり変わっている気がしない。


「む。朝陽は私のことを、子供扱いしている気がします」


 深怜那は拗ねた様子で眉を曲げた。


「俺からすると、まだまだ放っておけないのは事実だね」

「そういうことでしたら……この後、相談があるので朝陽の家に行ってもいいですか?」


 どうやら、いつもの恋愛相談があるらしい。

 今回は複雑な状況になっているし、まだ話し足りないようだ。

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