俺にだけ素顔を見せる完璧お嬢様な幼馴染(実はポンコツ)に、いつの間にか交際宣言されていた件

りんどー@書籍化準備中

第1話 完璧お嬢様の交際宣言

「はい。私は朝陽あさひとお付き合いしています」


 とある雨の日。

 高校の昇降口にて、俺が傘を開こうとしていた時。

 背後から、聞きなじみのある女の子の声が聞こえてきた。

 発言の主は、水上みかみ深怜那みれな

 緩くウェーブのかかった眺めの金髪と碧い眼を持つ、凜とした顔立ちの女の子だ。

 スタイル抜群で、ここ瑞穂高校で一番の美少女と称されており、告白して玉砕した男子が数多くいるらしい。

 成績優秀で、みんなに頼られ、人気者の生徒会長。

 父は地元の名士で、母は元モデルの外国人。 

 非の打ち所のない、完璧お嬢様の高校二年生だ。

 少なくとも、他の生徒や教師からはそう見えている。


「朝陽さん……とはどなたでしょう?」

「ちょうどあそこにいる彼です」


 深怜那は俺の存在に気づいていた。


「まあ! 彼がそうなのですね!」

「あの方とは、一体どのように知り合ったのですか!?」


 深怜那は友人たちから質問攻めにあっていた。

 二人とも上ずった声だが、どこかおしとやかな雰囲気も感じられる。

 深怜那のように、高貴なお家柄の生まれなのかもしれない。


「朝陽とは家が隣どうしで、小さい頃から仲がいいんです」

「あら……では、幼馴染なのですね!」


 深怜那の答えを、友人はそう解釈した。

 完璧お嬢様の幼馴染。

 それが俺、相羽あいば朝陽あさひだ。

 深怜那と違って、至って平凡な高校二年生だ。

 水上家のお屋敷の隣にある普通の一軒家に暮らしており、深怜那とは幼少期から交友関係がある。

 別々の中学に進学することになったが、高校で再会した。

 高校生になった今でも、仲がいい。

 俺は深怜那にとって、数少ない男友達だと自認している。

 だが、しかし。

 付き合っていない。

 そう。

 繰り返すが、俺は深怜那と付き合っていないのだ……!


(何がどうなってるんだ?)


 だから俺は、とても困惑していた。


「最近、誰かに恋愛相談をしていると言っていましたが……やはり、あの方と付き合うために?」

「はい。そういうことになりますね」


 深怜那は平然と答える。

 いや待て。

 それはおかしい。


(深怜那の恋愛相談に乗っているのは、俺なんだが……?)


 深怜那が俺に恋愛相談を持ちかけてきたのは、今から二ヶ月ほど前のことだ。

 以来、俺なりに様々なアドバイスを送ってきた。

 つまり、深怜那は俺以外の誰かに好意を抱いているはずだ。

 その誰かに、俺は心当たりがある。


「では、サッカー部の神代くんと付き合っているという話は?」


 神代蓮。

 強豪サッカー部のイケメンエースであるあいつと、人気者で完璧お嬢様の深怜那が付き合っているという噂が、近頃まことしやかに囁かれている。

 実際、毎日のように恋愛相談のために押しかけてきた深怜那が、ここ二週間は俺の元に顔を見せていなかった。

 だから俺は、深怜那の恋が成就したのかと思っていた。

 恋愛相談に乗っていた立場としては、喜ばしいと感じた一方で、幼馴染と顔を合わせる機会が減ったことには、少しモヤモヤとした気分を抱えていた。

 寂しさのような、疎外感のような。

 名状しがたい感情だ。


「あれは根も葉もない噂です」

「本当ですか?」

「はい。私の彼氏はこの人です」


 その声と同時に、俺の左手が掴まれた。

 いつの間にか、深怜那たちが近くまで来ていた。

 深怜那の手は柔らかく、小さい。

 掴むだけではなく、やたらにぎにぎと繰り返し握られているのはなんなんだ……。

 多分、深怜那の友人たちは気づいていないな。

 キリッと宣言する深怜那の表情に見惚れている。

 

「なあ深怜那。俺と付き合っているって——」


 ——どういうことだ?

 その疑問を、口に出そうとした時。

 俺の耳元に、深怜那の顔が近づけられた。


「い、今は何も聞かないでください……!」


 懇願するような囁きで、止められた。

 

「ちょっ……!」


 息がかかって、こそばゆい。

 思わず肩が少し跳ねるが、俺はすぐに自分を落ち着かせる。

 なぜなら、深怜那の方が動揺しているように見えたからだ。 


「まあ、大胆ですね……!」

「名前で呼び合って、まさに仲睦まじい恋人です!」 


 しかし、深怜那の友人たちには、完璧お嬢様が恋愛においても物怖じせず、堂々たる振る舞いをしていると映ったらしい。

 二人とも、深怜那に尊敬の眼差しを向けていた。

 深怜那はなんというか……同性から信仰めいた人気がある。

 カリスマがあるとでも言えばいいのか。

 俺の幼馴染は、人を惹きつける何かを持っているらしい。


「では朝陽。せっかくここで会ったことですし、一緒に帰りましょうか」


 深怜那が俺に微笑みかける。

 完璧お嬢様らしい、気品満点のスマイルだ。


「それは良いけど……深怜那、傘は?」

「野暮なことは言わないでください。朝陽の傘があれば十分でしょう?」

「それって、相合い傘ってことか?」


 付き合ってもいない、好きでもない俺と?

 そんな意味合いで、俺は聞いた。


「はい。そうなりますね」


 深怜那はさらりと髪をかき上げながら、涼しい顔でうなずく。

 が、耳が赤くなっているのを俺は見逃さなかった。


「通常運転、って感じだな」


 俺はつい口元を緩めながら、傘を差した。

 左手はずっと深怜那に握られたまま、右手一つで。

 やりにくかったので手を離そうとしたが、強く握られて許されなかった。


「さあどうぞ。お嬢様?」


 冗談めかしてちょっとキザっぽいことを言ってみたりしながら、深怜那を引き入れる。


「は、はい! ではごきげんよう、お二人とも」


 すすっ、と深怜那が同じ傘の下に入ってきた。

 いや、それにしても近くないか……?

 ほとんど体が触れ合うような距離感だ。


「あらあら」

「まあ……!」


 深怜那の友人たちが、歓声をあげている。

 完璧お嬢様の恋模様を楽しんでいるご様子だ。

 もしかしなくても、さらに誤解されたなこれ。

 余計なことを言わない方が良かったかもしれない。

 少しずつ話がこじれている気がするが……話を合わせろとのご要望だからな。

 ひとまずそのまま、雨の中へと歩き出した。


「二人の前ではすまし顔だったけど、単に傘を忘れただけだろ?」

「い、言わないでください。今頼れるのは、朝陽だけなんです……!」


 

 幼馴染の女の子から必死で頼られたら、答えてあげたくなる。

 が、それはそれとして。


「ちなみに、これはいつまで続けるの?」

「当然、家に帰るまでです……!」


 深怜那は俺に寄り添いながら、宣言する。

 やはり近い。

 それでいて、雨が降る肌寒い日には、温かい。


「深怜那って、完璧お嬢様ぶっているけど本当は抜けているよな」

「抜けていたら、悪いですか……?」


 抜けているだけではない。

 距離感が無防備過ぎたり。

 今日は夕方から雨の予報だったのに傘を忘れてしまう、うっかりした一面を持っていたり。

 それが水上深怜那の、本来の姿だ。

 俺はそんな幼馴染のことを。


「かわいい奴め、と思う」

「……それなら問題ないです」


 深怜那はふふ、と嬉しそうな声を漏らした。


「なあ。それで結局、俺と深怜那が付き合ってるって話は、どういうことなんだ?」

「それは色々と、深い事情がありまして……!」


 深怜那の説明は、どうも要領を得ない。

 緩みきった困り顔を、真っ赤にしている。

 これでは完璧お嬢様が台無しだ。

 幸いにも傘で隠れているから、背後で見届けている深怜那の友人からは見えない。

 人前では気品溢れる佇まいの深怜那だが、俺の前ではこうして弱々しい表情を見せる。

 きっと、他の人は知らないだろう。

 深怜那が実は、ただのポンコツだということを。

 

(俺の幼馴染が、また何か妙なことをやらかしている……)


 何をやらかしたのか、そのポンコツぶりを聞かせてもらう必要がありそうだ。




◇◇◇


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