第15話 戦わなくてもいいのはわかってるし無駄なのはわかってるんだけど戦わざるを得ない感じがなんかしなくもないことが男にはあるじゃん

「戦う必要って……」


 肺助は思わずたじろいだ。確かに、この戦いは既に敗北している命香になぜかもう一度チャンスを作ってやるという、あまりにも無意味なものだった。それは、肺助にもよくわかっていた。


「わかってる。先輩に言われるまでもない! この戦いはあまりにも無意味だ! だって先輩はもうおれに負けている! 勝敗だけなら、おれが大声でお前は負けだ、と言い張ればそれで通るはずだ。逆に、先輩が万が一うっかりおれに勝てば、おれは折角取り戻した正しい世界を失う! しかもなんか多分、幸せに浸ってもう抜け出せなくなる気もする。これは、おれが先輩にハイリスクノーリターンでチャンスを与えているだけになっている!」


 不平等だ! と肺助は叫んだ。


「じゃあもうよくない?」


「だけど、おれはこれが、どうしても必要な気がしてならない! だから、やるしかないんだ! どんなにこれが、無意味であろうと、おれは一度、先輩をぶっ叩く必要がある! ……気がする!」


 それは、不思議と泣いているようにも聞こえる宣言であった。


 於、合儀家敷地、西の修練場。草木のない、テニスコート四枚分ほどの大きな広場にて、合儀肺助と阿賀谷戸命香は向き合っている。距離、十メートル。


 二人の間に、風が吹いた。


 すでに肩で呼吸する肺助に対し、命香は肩を竦めた。次いで、違うんだよねー、という。


「間違ってるよ。肺助さんってさ。この合儀家の呪術を継ぐ気もないし、呪術師になりたい訳でもなさそうだよね。知ってるよ。わたしは学校で起きたことならなんでも知ってる」


「それは……」肺助は言い淀む。真壁動太との会話を肺助は否が応でも思い出していた。


「だったらさ、ちょうだいよ」


「え?」


「お母さんも、家も、土地も、全部。いらないならくれたっていいじゃん」


 その言葉は、あまりにも静かであった。しかし、肺助はその時、明確に自分へ向けられた呪いに身を震わせた。


「――それは、できない」


 そして、彼女からの恨みがましい視線を受けてなお、肺助は堂々と言い放った。


「どうして? いらないものならくれたっていいでしょ」


「そういう問題じゃない。先輩は呪いを、人の不幸のために使う。命乞いなら頭を伏せろ」


 肺助の頭には、全てを忘れ、勉強を優先すると宣言する真壁動太や、呪術師の教義を曲げることすら許容する厳格な母・合儀椎子の姿が浮かんでた。


「不幸って……」


 命香はぎり、と歯を鳴らし両手をきつく握りしめた。


「命乞いに見えたなら心外です。所詮はここから出たことのない田舎の『拝み屋』でしょ。言っておくけど、呪術師同士の呪い合いに手加減はしない。わたしは、呪禁も使うし、他の呪術も使う。わたしはあなたを生かす理由もないし、わかってるよね?」


 命香は厳しく言い放つ。対して、肺助は頷いた。


「わかってる。呪術師の殺し合いは、なんでもありだ。見たこともある」


「そう」特に関心を抱く素振りもなく、命香は息を吐いた。


 命香の殺気がすう、と収まる。それがしかし、肺助を緊張させた。これで、いつ呪いが行われるか予測がつかない。


(どうする、一体、いつ呪術を使う? 少なくとも、先手を取られたらまずい!)


 肺助は腰を落とし、睨みつけるように命香の様子を伺い、命香自身も緋袴の下で膝を屈曲し、いつでも動ける姿勢を保っていた。


 時刻は夜八時。夜風すら押し黙り、向かい合う二人を月だけが見下ろしていた。


「では、試合、開始!」


 呪い合いの号令は、合儀椎子が告げた。


 瞬間、両者は呪いを口にする。


「躊躇を禁ず!」「急急如律令!」

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