第3話 あんたほどの人がそこまで言うならそうなんだろう+フォース・カインド

「お前が自分で、呪術ができるって言ったからだろ。なら、頼るに決まってる」


 真壁動太はあっさりと、肺助の言葉を信じる根拠を口にした。その態度に、肺助はしばし唖然として動けない。


 だが、そうやってぼうっとしているうち、胸の中が暖かくなるような、不思議な感覚がゆっくりと、顔の表面まで巡った。肺助は思わず顔を伏せて笑み、鼻をすすり目を擦った。そして、呼吸を整えて顔を上げる。


「わかりました。やりましょう!」肺助は声が勝手に上ずる。


「場所ですが、あの『告白が絶対に成功する木』という選択は正しいです。呪術はそれまでの道、人の習慣や歴史そのものです。こうやったときはそうなる、そうなるためにこうする、そういう積み重ねなので」


 肺助はこの校舎裏の影、そこにずっしりと生えている一本の銀杏の木を指した。


「やはりおれの見立ては正しかったか」動太は誇らしげに腕を組む。


 最盛期では告白目的の男女で学校外まで続く行列ができたともいわれる伝説の木である。古い話だが、肺助すらもその噂は知っていた。


「今はただの噂程度の扱いになって、人通りも少ないみたいですが、ここは呪術師らしく、念を入れて、ここに人が入らないよう結界を張ります」


 現に、今も肺助と動太しかいない校舎裏と伝説の木だが、用心するに越したことはない。


「そうだ、結界って……」つい、動太は期待の眼差しを送る。何となく、呪術といえば、という趣がある言葉だからであろう。


「結界は、通常の空間と異なる別の空間とを区切り、立ち入りを難しくするものです。だから、あとでこのあたり一帯を神聖な場所として清めます。そこに対して、入り方だけ決めるので、それを守ってください」


 そういって、肺助と動太は校舎の陰から出た。五十メートル先に例の木が見えるほどの位置に来る。だが、ここを境に、ちょうど校舎の角で曲がらない限り、普通に歩いてくる分には校舎裏どころか、件の木すら望めない。肺助と動太は、そんな位置に立った。


「禹歩を応用した呪いで、特定の歩き方をしない限り、ここから先、あの木まで近寄ることを禁じます」


 肺助はどこからかチョークを取り出し、歩いてはどこかに印をつけ、印をつけ、都合、七つの印を書きつつ歩いた――上から見れば北斗七星の形をしている。


「本格的な禹歩は覚えるのが面倒だろうし、今回は省略形です。弱まりますが、大丈夫だと思います。この印を辿るように、真壁さんだけでも、この間を必ず右足から、かつ両足を揃えてから一歩ずつ進んでください」


 印と印の間は一メートルほどある。


「少しダサい見た目になるな……まあいいか。それだけで、あの伝説の木まで誰も近寄れないのか?」


 動太の疑問に対して、肺助は深く頷いて答える。


「あとは、真壁さんへの禁歌、呪禁です。この呪いの効力は普通、どんなにも持っても一日で、基本的には一分と持ちません」


「短っ!」つい、動太は唸ってしまった。じゃあどうするんだ、明日だぞ! と声を荒げる。しかし、肺助は真っ直ぐ動太を見返した。


「その代わり大仰な儀式が要らない呪術らしいんですが……でも、重ねがけで効果が増します。この場所についても、必ず明日一日は持つように、後で念入りに清めておきます。だから心配いりません。それは呪術師の仕事です」


「わかった。お前がそういうなら信じる」


「大丈夫です。それでは明日に向けてまずは一回、真壁さんへ呪いを掛けます」


 肺助は件の木の前に動太を連れる。そして、大きく深呼吸。意識を集中させて、動太の背中へ右手の人差し指と中指を揃え刀印とし、小声で、臨兵闘者皆陣列在前と早口で唱えながら、縦横に九本の線を描く――即ち、九字を切った。


「真壁動太の『弱気』を禁ず」


「……これで、いいのか?」


 そっと振り向いて動太は肺助に訊ねた。肺助は頷いた。


「真壁さんには明日の朝と昼に二度、同じことをして呪います。あとは、明日先輩が来てくれれば大丈夫です。呼び出しはどうするんですか」


「安心しろ。手紙を出した。先輩は必ず来る。誰かの手紙を無碍にするような女に、おれは惚れない。なにせ、おれがばっくれた過去三回についても、毎回ちゃんと来てくれたからな」


(三回もばっくれたのか?)


 こいつに協力したくない、と肺助は反射的に考えたが言わないことにした。


 ところが、そんなことを肺助が考えているとは知らない動太は、その太い手を肺助へ突き出した。肺助は硬直した。


「どうした?」


 動太は低い声で言う。肺助の手は、その突き出されたそれに、どう返せばいいかわからず、宙を揉んだ。すると、その手を強引に動太は握った。握手の形に相成った。


「ありがとう。なんだか、明日の『告白』はうまくいきそうな気がする」


 に、と動太は笑顔で肺助に笑いかけ、頼んだぞ、と言って手を離し、大股で歩き去る。その力強い歩きに、肺助はしばし見とれてしまった。


(よかった、弱気はちゃんと禁じられたみたいだ)


 そうして、肺助だけが伝説の木の下に残された。肺助の残された仕事は、この場を清め、動太の告白にふさわしい場所にすること。


(いや、いけるか? 三回も呼び出してばっくれたのが本当だったら、普通嫌いになるだろう。今度こそ来るかどうかも怪しい)


 とはいえ、と肺助は思い返す。呪術を胡散臭いものと断じず、自分を信じてくれた真壁動太が、阿賀谷戸命香なる女子生徒へ向けて、今度こそ本当の勇気を出そうとしている。


(気になるところはあるけど、多分根はいい人なんだろうな)


 また、要所で恥ずかしがる様など、どうにも同情を買うところが多い。


(そういえば、誰かに呪禁を使ったのは久しぶりだな)


 肺助は、真っ赤に落ちる夕日を見て目を細めた。


「……もう少し、呪っておくか」肺助は独り言を漏らす。


「どんな風に?」少女の声。


「噓を禁じるとかはどうでしょうか。本当はもっとうまくいくようにしたいんですが、真壁さんはそう言うの嫌がるだろうし。だからせめて、相手の阿賀谷戸さんから、本心を聞けたら嬉しいんじゃないかって」


「ふーん、わたしの本心?」


「はい、それがきっと、真壁さんに一番いいかなってうわあああああんた誰だいや知ってるみればわかるじゃんひええええええええええ!」


 合儀肺助は、自然と自分の独り言に応え、会話をしていた背後に立つ相手を振り見、悲鳴を上げてすっ転んだ。


『二年生の、阿賀谷戸命香先輩という、長く艶やかな髪は黒く濡れたがごとく、肌の白さは新雪に似て、伸びた背は芍薬を、瞳の大きく深きは夜空より遠く、何より胸や腰の豊かさは春のカンブリア大爆発を思わせる女性に、おれは明日、愛の告白をする』


 真壁動太の描写を思い出す。そのままそっくりな少女が、合儀肺助の前に立っていた。


「どうしたんですか、悲鳴上げて。何か後ろにいた?」


 肺助の醜態に、眉を顰めたり嘲笑ったりなどは一切しない。真面目な表情で、夕日に染まらぬ黒髪を振れば、花もかくやという得も言われぬ鼻に抜ける涼やかな香りが肺助を貫く。その声は鈴の音というより深く低く、芯の強さを思わせる。あと、一目惚れされても仕方のないぐらい、ついつい視線を引っ張られる、彼女の制服の胸囲や、プリーツスカートの皺の伸び具合。そんな少女が、後ろに何もないことを確認して、小首を傾げながら再び肺助を見つめる。


(あー、これは確かに目が離せなくなる、かも)


 ――これが、罪斗罰高等学校二年・阿賀谷戸命香だった。






 ――――――――――

 物語はまだまだ始まりですが、こんな感じで登場人物たちが毎度毎度右往左往、呪いや野望に振り回されるお話です!


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