10話 すれ違う心の選択

 降ってきた突然の言葉に、詩響の体は大きく揺れた。

 両親は山で亡くなったのは、人づての情報だ。目で見たわけじゃない。それでも、同行していた村民の言葉だから、疑っていなかった。

 けれど、思えば妙だった。土砂崩れに巻き込まれたと知っているのなら、山中の捜索は必要ないはずだ。事故の起きた一か所を掘ればいい。ならば、なにを探していたのか。


(見つけたかったのは……妖鬼……?)


 詩響の全身を、いくつもの情報が駆け巡った。脚はふらつき視界が揺れる。それでも立っていられたのは、いつの間にか廉心が抱きしめてくれていたからだった。

 陵漣は不愉快そうな表情を、さらに険しくして苛立ちを露わにしている。


「なぜ隠した。長老の指金か?」

「はい。真実を伝えるには、二人は幼すぎました。いまも、おとなとは言えない」

「……正否も善悪も難しいな。あれだけ前向きに育てられたのは、褒めるべきか」

「そうですね。実を言うと、俺の仕事は村の警備ではなく、二人の護衛なんです。親の遺体探しを始めたり、余計なことを知られないようにと」


 もう一度、詩響の体が揺れた。今度は廉心の体も大きく揺れている。


(朱殷を、長老さまが? 長老さまが、事実を隠すために用意したっていうの?)


 思えば、朱殷は都合のいい人材だ。詩響たちと年は近く、知識豊富で腕も立つ。兄のように支えてくれた人柄は、詩響と廉心の救いだった。


「……朱殷は、私たちを……監視するためにいたっていうの……?」


 けれど純粋な真心ではなく、収入のために作った、下心ある振る舞いだったのか。

 悪い考えだけが飛び交い、心臓がどくどくと激しく音を立てる。気が付けば、詩響は朱殷たちのもとへ足を向けていた。


「姉ちゃん! 待って! 落ち着いて話を」


 廉心が叫んでいた。でも詩響は脚を止めなかった。廉心を振り切るように走り、朱殷へ飛びつく。


「詩響!? こんな所でなにを」

「嘘だったの!? いままでずっと、仕事のためだったの!? おかねのため!?」


 ぐっと、朱殷は息を呑んだ。俯きがちに眼を逸らされる。


「……たしかに、依頼されて来た。けど、仕事を請けたのは俺の意志だ! お前たちを、守ってやりたいと思ったからだ! じゃなきゃ、とっくに街へ戻ってる!」

「嘘よ! 妖鬼と戦いたかったんでしょ!? だからでしょ!?」


 詩響は朱殷の胸を叩いた。朱殷は黙って殴られていたけれど、廉心が止めに入る。


「始まりなんて、どうでもいいじゃないか! 俺たちは兄ちゃんに救われた! それは嘘じゃない!」

「それは、そう、だけど……でも……!」


 なにが悲しいのか、わからなくなった。

 両親は妖鬼に殺されていたことか。両親の死因を隠されたことか。村民の安全より、村の存続を優先されたことか。

 ――朱殷に嘘を吐かれたことか。

 なんとか堪えていたものが、崩れていくようだった。廉心にしがみつくことしかできない。朱殷は手を差し伸べてくれたけれど、背を向けてしまった。

 行き場を失った手を引っ込めて、朱殷は一歩後ずさる。代わりに手を差し伸べてくれたのは、陵漣だった。


「選択肢をやろう」

「選択肢?」


 陵漣は人差し指と中指を立てた。


「一つ目は、お前たちを傷つけた連中を殺すこと」

「……殺す? 殺すって……誰を、ですか……?」

「長老と、妖鬼の事実を隠蔽した全員だ。太子として、俺は厳罰を降さねばならん。ただし、罰の内容をお前に決めさせてやる。気のすむまで苦しめろ。こいつもな」


 陵漣は、とんっと朱殷の肩を小突いた。朱殷は驚かず、苦虫を噛み潰したような顔をする。朱殷を罰する――罰することのできる選択肢に、詩響は恐怖で震えた。


「朱殷を罰して、どうなるんです。長老さまだって、私たちを想ってしたことだし……」

「ん? だが、腹が立ったんだろう? 気晴らしになる」


 詩響の体から熱が消えた。つい先ほどまで怒りを向けていたのに、殺す、と具体的な行動を示されて、途端に恐ろしくなった。

 身体が冷えていくのを感じる。すると、陵漣は口角を上げて笑みを浮かべた。


「そうだな。主観の違いで罰するのは、賢くない。新たな憎しみを生むだけだ。なら、原因を消せばいい。それが、二つ目の選択肢」


 陵漣はあくどく笑う。まるで、企みが成就したと言わんばかりだ。


「妖鬼を討伐する。お前も参加しろ」

「……妖鬼を……?」

「すべての始まりは妖鬼だからな。どうせ殺すなら、主犯のほうがよくはないか?」

「殺す……妖鬼を、私が……?」

「そうだ。廉心の指導に、禁軍の軍師をつけてやる。お前好みの軍略を立てるんだ。捕まえた檻の外から、安全に、存分に切り刻め」

「殿下! なにを馬鹿なことを!」


 陵漣の腕を引いて諫めたのは、ここまで黙っていた魏懍だ。陵漣を守る立場とはいえ、非情な提案に見かねたのだろう。

 けれど、陵漣は魏懍の手を振り払った。真剣な表情で詩響の前に立つ。


「お前たちには、復讐を成せる武器がある。廉心が妖鬼言語を解析し、詩響の歌で誘き出せ。捕獲したら、生かさず殺さず苦しめる方法を教えよう。拷問は得意だ」

「殿下! おやめください! 子どもになんということを!」


 魏懍は諦めず陵漣の腕を引いた。しかし、またも振り払われた。今度はきつく睨みつけられ、魏懍は息を呑む。


「子どもだから、籠に閉じ込めるか? 籠は狭いと知った子どもを掌中に収めようとするほうが『なんということ』だと思うがな。だが一理ある。だから自分で決めろ」


 陵漣は詩響を振り返った。詩響を守ろうと思ったのか、廉心が陵漣との間に立つ。

 にい、と陵漣は笑った。両手を広げ、広げられた手は詩響と廉心へ差し出される。


「妖鬼を絶滅させる! 宮廷へ来い。俺に力を貸せ!」


 ふらりと詩響の足が揺れた。

 殺すという選択肢は恐ろしい。けれど、次の瞬間には、地に膝を付いていた。


「謹んでお受けいたします。陵漣さまへ忠誠を誓い、誠心誠意、お仕え申し上げます」


 廉心と朱殷が、どんな顔をしているかは見えなかった。魏懍は「ああ」と困ったような声を漏らしていた。


(きっと、魏懍さまは至極まともな人なんでしょうね。私も、やめるべきだと思うわ。許し合い、村で生活していくのが普通よ。でも、もう私は……)


 頭を下げた視界の隅で、陵漣の人差し指が上下に動いている。立つように指示をされ、示されるままに立ち上がった。

 視線の合った陵漣は、太子とは思えない、あくどい笑みを浮かべている。

 風に揺れる炎のように、ゆらりと伸ばされた陵漣の手を、詩響は迷わず握った。

 ――選んだな――そう、誰かに言われた気がした。

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