間章①グリンダと巨人の大地

グリンダと再会

少し本編から離れ、息抜き会です。

初めての番外編、今回は読者さんからかなり人気だった旅商人グリンダのお話です。

時系列的には、第1章「旅人の寄り道」で出会ったグリンダとのその後のお話になります。蓮と美穂が交易都市テルヴァンを離れた数ヶ月後の想定でお楽しみください。


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「さあさあ見てっておくれ! 見た人全員ほしくなるって評判の品、今日だけの特別価格だよ〜!」


 陽気な声が、通りに響いた。

 ネイトエール城下町の商店街。

 朝の賑わいの中、蓮とスミレはのんびりと並んで歩いていた。


「……相変わらず騒がしいな、ここは」


 蓮が苦笑混じりに呟いたその時、突然後ろから肩をがっしと掴まれた。


「おっと、ちょっとちょっと〜お兄さん、いい買い物しないかい?」


「うわっ!?」


 強引な客引きかと思ったが、顔を上げた蓮の表情が一変する。


「グリンダ!?」


「やあ、久しぶりだね、蓮!」


 眼前には、満面の笑みを浮かべた女商人――グリンダが立っていた。

 飾りすぎず、しかしどこか派手な旅装束。いつ見てもエネルギッシュな人だ。


 スミレがきょとんと目を丸くして言う。


「あら? 蓮、知り合いなのね?」


「ああ、彼女は旅商人のグリンダ。交易都市テルヴァンで世話になったんだよ」


「グリンダだ、よろしく」


「スミレよ。初めまして」


 軽く握手を交わしたあと、蓮がふと思い出したように訊ねる。


「ところでグリンダ、デールは?」


「ああ、あいつなら今日は港町に出てるよ。でっかい獲物が釣れるんだとか言ってね」


 肩をすくめて呆れ笑いするグリンダ。相変わらず、あの男は自由人らしい。


「美穂は元気かい?」


「ああ、今日は薬の研究だってさ。研究室に籠ってたよ。……あいつもデールに似て熱心だよ、ホント」


 グリンダは懐かしむように小さく笑った。その横顔を見て、蓮もつられて表情を緩める。


「そうか……へえ、みんなそれぞれ頑張ってるんだな」


「実はさ、ちょうど良かったんだよ。蓮、ひとつ頼みたいことがあってね」


「……なんか、嫌な予感がするな」


「ふふ、いいから聞きなって。デールからの依頼なんだけどさ、巨人族の大地・へカトンに行ってほしいんだ。今、あの地とテルヴァンで貿易交渉を始めようとしててさ。その橋渡し役を任されててね」


「へカトン……? また随分と突然だなあ」


「もちろん来るよね?」


 グリンダがにこっと笑った。蓮の返事を待つ気配など、微塵もない。


 スミレがクスッと笑う。


「……蓮。せっかくだし、行ってみましょうよ」


「う、うん……いや、これってもう決定なの……?」


 そうして、蓮とスミレはグリンダの勢いに巻き込まれる形で、

 のちに美穂も加わり、四人は巨人族の大地・へカトンを目指すこととなったのだった──。


 ***


 巨人の大地・へカトンは、アーラ山脈をずっと西へ進んだ果てにある。

 風と岩の王国とも呼ばれるその地は、地図にも詳しい記録は少なく、

 “世界の隅にある神秘の大地”として、交易者の間では噂されていた。


 蓮たちは、交易都市テルヴァンで馬車を手配し、そこから長い旅路へと出発した。


 乾いた風、石ころだらけの道、小さな集落での短い休憩、

 焚き火の光のもと、食事をしながら何気ない会話を交わす夜。

 特別な出来事があるわけじゃない。けれど、確実に時間が流れ、距離は縮まっていった。


 そして――。


 それは、突然風景が変わったような感覚だった。

 空が広く、土は赤茶け、巨石や奇岩が無造作に立ち並ぶ土地。

 まるで地そのものが生きているような、ざらつきと息づかいを感じさせる空間。


 そこが「巨人の大地・へカトン」だった。


「……すごい……」

 スミレが、風に吹かれる髪を押さえながら目を細めた。


「まるで……世界の端に来たみたいね」


「空気が違う……乾いてるけど、なんか力がある感じ」


 美穂もどこか真剣な面持ちで、風の匂いを確かめるように周囲を見渡す。


 そんな彼女たちの前に、岩陰から小柄ながらがっしりとした体格の男たちが姿を現した。

 鋭い目、丸くて大きい鼻、短めの体躯――ドワーフ族だ。


「おいおい、あれは……! グリンダじゃねえか!」


「やあ、ブルゴン!久しぶりだね!」

 グリンダが軽やかに手を振る。


「今日はね、ちょっとした交渉事で戻ってきたんだ。親父はいるかい?」


「おう! 相変わらずせっかちだな、おまえは。こっちだ、ついてきな!」


 ドワーフに導かれ、蓮たちは荒地の奥へと足を踏み入れた。

 地面は少しずつ硬く、重くなり、どこかで大きな何かが動いているような――そんな感覚が足元から伝わってくる。


「なあ、グリンダ……」

 蓮が横を歩きながら問いかける。


「ここって、グリンダの……故郷なのか?」


「ん? ああ、言ってなかったっけ。そうさ、あたしが育った場所だよ」


「へえ……」

 スミレが、意外そうに目を見開く。


「てっきり旅の生まれかと思ってたわ。根無し草というか……」


「まぁ、間違っちゃいないけどね。出たり入ったりはしてるよ。でもあたしのルーツはここ、へカトンさ」


「へカトン……初めて来た。ドワーフも暮らしてるのね」

 美穂が首をかしげるように言う。


「そう、少数だけど一緒に暮らしてるよ。ここの連中、気は荒いけど義理堅いから」


 グリンダの声には、どこか誇らしげな響きがあった。


「親父もね、きっと喜ぶよ。あ、いたいた!」


 グリンダが手を挙げる。


 蓮たちが視線を向けると――そこには、視線をずっとずっと上へと持ち上げた先に、

 岩壁のように巨大な体、そして分厚い顔を持つ男の姿があった。


「な、なん……」

 スミレがわずかに後ずさる。


「でっか……」

 美穂が息を呑む。


 蓮はというと、無言で天を仰いだまま、固まっていた。


「よお、グリンダ。戻ったんか」


 その低く響く声が、大地に溶け込むように響いた。

 巨人族の男が、こちらを見下ろしていた。


「紹介するよ、あたしの父親、グラーズ」


 グリンダがそう言った瞬間、蓮の口から思わず声が漏れた。


「じ……情報過多!」


「蓮、知らなかったっけ?」

 美穂が軽く眉を上げて言う。

「グリンダは、ドワーフ族と巨人族のハーフなの」


「す、すげえ!? そんなハーフあるの!?」


「この肌の色もさ、異例な組み合わせの間から大地に生まれた、変わりモンの証だね」

 グリンダが胸を張るように笑った。


 彼女の緑がかった肌は、陽の下でほんのり赤く色づいて見えた。

 誇りを持っているのがわかる。その表情は、どこか嬉しそうだった。


「グリンダ、今日は何の用だ?」

 グラーズがしゃがみこみ、一行に声をかける。


 しゃがんでようやく、建物の一階ほどの高さ。

 その動きだけで、地面がわずかに揺れた気がした。


「ああ、そうそう。デールに貿易交渉を頼まれててね。

 工芸品の仕入れや、運搬に協力して欲しいんだよ」


「……ああ、そういうことだったか。あいつも、でっかくなったもんだ」


 グラーズがガハハと豪快に笑う。

 いや、あなたの方がどう見ても物理的に“でっかい”です。


「そんじゃあ、交渉の前に、儀式に参加してもらおうか」


「儀式?」

 スミレが首をかしげる。


「まあ、度胸試しってやつだ。ここじゃお決まりの通過点よ」

 そう言いながら、グラーズが大きな手のひらを広げる。


「乗れ」


「えっ、乗るって……」

 蓮が引きつった笑みを浮かべる。


「そのままどこに連れていかれるのかもわからないけど……行くしか、ないか」


 スミレと美穂が顔を見合わせ、苦笑いしながら頷いた。

 グリンダは慣れた様子で、ひょいと飛び乗る。


 そして、巨人の手のひらに乗った一行を乗せたまま、グラーズはゆっくりと歩き出した。

 一歩ごとに、風景が揺れ、大地がうねる。


 蓮たちの、へカトンでの“試練”は、こうして始まったのだった。

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