第7話 大家の石井-2

 まだ、夕方にもなっていな時間だった。


 不動産屋の斎藤さんと、それから霊能者の九十三つくみさんが、安っぽい場末のホストのような男を連れてマンションにやってきた。


 一応大家の石井さんの許可がなければ部屋には入れないので、三人で石井さんの部屋へと赴く。紺は、ふ、と、204号室のある方へ視線を向けた。ただそれはほんの瞬きの間だけで、彼は二人の後を追って石井さんの部屋と向かう。


 大家の石井さんは、じろじろと紺を上から下まで眺めた。そういう視線には慣れているから、紺はにこりと笑ったきりで発言を特にはしない。


「一旦、部屋をね。見て貰って、ね」

「そうですねぇ」


 玄関まで出てきた石井さん家のフローラちゃんが、紺を見てころりとお腹を見せた。声に出さずに鳴き声まで上げて。


「撫でても?」

「え、ええ。どうぞ」


 フローラちゃんがあそこまでするのはとても珍しいし、撫でる手つきも慣れているし、悪い人ではないのかもしれないと、石井さんは方向転換をした。猫好きには分かるのだ。猫好きに悪い人はいないと。犬好きにも悪い人はいない。それを売りにしている悪いやつがいるだけだ。


「へぇ、フローラちゃんていうの」


 石井さんはどきりとした。彼にフローラちゃんの名前は教えていない。この辺りに、フローラちゃんの名前が分かるものもない。まるで、フローラちゃんと話しているみたいだ。


「にゃーあん」

「いやそれは俺に言われてもどうしようも……」

「にゃっ!」

「えー。フローラちゃん、ご飯にかつおぶしをかけて欲しいそうです」

「にゃ」

「え、ええ。分かったわ」


 フローラちゃんは偏食寄りで、ご飯をあまり食べてくれない。鰹節のふりかけをかけたら食べてくれるから頼っていたけれど、食べすぎもよくないと見たからこのところ控えていた。ごめんなさいね、フローラちゃん。


「たっぷり特盛にしないで、ちょっとだけにすればいいんですよ」

「にゃああぁぁ!!!!」

「抗議に負けないで、頑張ってください」


 立ち上がると紺は柔らかく笑った。


 服装は場末のホストだし、髪の色だってちょっと前に流行った痛んだ茶色だし、毛質もぱさぱさだけれど。どこをどう切り取っても魅力的でなどないのに。


「ええ。そうするわ」


 ぽうっとした顔で、石井さんは紺を見た。


「紺さーん、お仕事しないでくださーい」

「まあそういわずに」


 第一印象は、あまり良くないのに。会話をしてしまえば、信頼できる相手だとわかってしまう。紺は、そういう不思議さがあった。

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