第5話 八代 紺はホストである

 新宿歌舞伎町の裏通りに、ひっそりとその店はあった。有名どころはやはり大通り沿いにあるし、金曜の夜ともなると客引きも多い。いや、ほとんどの客引きは、ホストクラブではなくて居酒屋だけれども。


 九十三つくみは不動産屋の斎藤さんとともに、とあるホストクラブを目指して歩いていた。会員制のそのホストクラブは雑居ビルの半地下にあって、知らなければ辿り着くことは出来ないだろう。そもそもドアに、店の名前も書いていなければ、客引きのための看板も出ていない。昼間の飲食店の方がまだ客引きに精を出している。


 ベルがなかったのでドアをノックしたらほんのわずかに開いて、そこからボーイが出てくる。中を覗くことすらできない。


「お約束は」

「ありません。本日紺さんは来ていますか」


 九十三は以前に紺から貰った名刺を見せた。回収されてしまっては困るので、見せるだけだ。


 ああー、とボーイが小さくうめいた。


「ここ最近はいらしてないですね。オーナーに確認を取って、八代からご連絡いたします。お名刺を、頂戴しても?」

「こちらになります」


 丁寧に対応してくれるボーイに、九十三は二枚の名刺を手渡した。自分の分と、不動産屋の斎藤さんの分だ。仔細の説明を今ボーイにしても困らせるだけだろうから、何も言わない。


「どちらにご連絡いたしますか」

「こちらにお願いします」


 九十三の名刺に、ペンを借りて書き込みを入れる。携帯電話の番号だ。出来れば昼の時間帯が望ましいと、そのことも伝えておく。


 まだ、宵の口だ。大通りを親子連れも歩いている。


 九十三は不動産屋の斎藤さんと、そこで分かれた。



 ボーイは店内に戻ると、ソファ席に座る男に名刺を手渡した。


「俺?」

「はい、紺さんのお客さまでした」


 なら入れればいいじゃないかと思ったけれど、名刺を見るにそういう客ではないようだった。


 名詞の一枚は不動産屋で、知っている名前ではない。となると、ともう一枚を見れば……知って、いるような? いないような?


「誰だっけ、これぇ」

「昼間お電話が欲しいとの事でしたよ」

「今度してみるわ」


 流石に明日では不審だろう。いないと言って追い返したのだから。


 開店後は薄暗くなる店内は、今はまだ煌々と明かりがついている。開店前だからだ。明かりがついていれば安物だとわかるストライプのスーツに、だらしなくネクタイを首にかけていて。薄茶色の髪の毛の男は、首をかしげながらけだるげに名刺を見つめる。


「若い女性でしたよ」

「そりゃまあ俺の名刺持ってんだから女性だと思うよ」


 九十三と書かれた名刺には、他には情報がない。名前に見覚えもないし、電話番号も覚えていない。覚えていないものは仕方がない。


 名詞をひっくり返してみたけれど、特に裏にメッセージもない。書いておけよ。


「まあ、近日中に電話してみるよ。それより今日は杏さんだっけ?」

「ええ、もう少ししたらいらっしゃると思いますよ」

「はいはい」


 それからしばらくして、店の照明が落ちる。開店はもうすぐだ。

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