33.大事な仕事




 レイリーリャは怪我した金髪男の処置を終えると、横たわる金髪男のいる反対側を向く。そして息を大きく呼吸した。ツーン草の臭いを嗅がないよう今まで息を止めていたのだった。

 それをした途端、レイリーリャは息だけでなく、溜まっていた余計な力も抜けた。安心感と解放感みたいな物を感じた。

 しかし気持ちは沈んだまま昂らない。顔が俯き、身体の両肩から下が重い。



「おねーちゃん、ありがとよ。助かるぜ。」



 テグドラウはレイリーリャに笑みを浮かべ、片手を握りハンドサインを上げた。



「船酔いで調子が悪いのに頑張ってくれて、根性あるな。」



 ロープで引き上げた時の経緯をテグドラウは見ていたので感心する。



「そんな事は全くありません……。」



 レイリーリャの声は沈み両耳は下に伏せてしまっている。

 改めてレイリーリャは自らが行った行為を、ロープを引っ張るの手伝い、金髪男の身体を拭いただけで、大部分は船酔いで横になって寝ていただけだと否定的に見做している。


 ハイリアルやテグドラウ達が行った事と比べて、命がけで身体を張っておらず、労力や結果として大した事をしていないと低評価をしていた。


 その上に、仕事をほとんどしないで休んでいるなどと、伯爵宅のメイド達のように、彼らから非難される事を怖れていた。


 更に、吐く事を我慢してテグドラウ達を引き上げた事によって自惚れてしまった事もあり、この作業を行った動機は人助けでは無い不純な物のように自らそう見做し、否定していたからだった。



 それらだけではなく、金髪男の身体を拭きながら、その乳首を気にして作業に専念出来なかった事も、自分自身を否定する要素となっている。

 ちらっと目に入ってしまった、金髪男の淡い桜色をした突起のような乳首と小さな丸い乳輪がはっきりと思い浮かべる事が出来てしまう。

 これはレイリーリャの心の中に一生しまっておくつもりだったが。



「そうか?メイド職は身体張って、ロープ引くみたいな肉体労働はしないぞ。フツー。」



 テグドラウは何かウケを狙うかのように、頭をこてんと横に傾ける。



「下手したら、『それはワタシの仕事の範囲ではありません。それなのに要求するあなたは、面の皮が分厚く恥知らずですね。』とか言ってケナされるからな。」



 テグドラウは片方の口許に歪んだ笑みを浮かべ、過去に実際に言われた経験なのか、真似するように表情と口調を装いながら喋る。

 思わずレイリーリャも、勤め先だった伯爵邸のメイドでそういう事を言いそうな人間を思い浮かべ、その者に対して忌まわしく感じてしまう。



「……まぁ、それでも、皆さんのやった事に比べたら大した事ないですから……。」



 レイリーリャの声は段々沈んでいき、顔は上に上がらず下に俯くままだった。

 再び心の中で踏みにじるように自分自身を非難をして、自らの気持ちが沈み更に重くなってしまう。


 ヌ=エンビは今握っているロープを柱に繋ぎ作業を中断した。そしてレイリーリャに振り返る。



そぇ言うのなぁそういうのなら、ワシも手鋏鮫倒していないかぁ、『大した事』してないな。」



 ヌ=エンビの皺に埋もれた顔のレイリーリャを見つめる表情は、動かず固まっている。



「……フルーデルの漁師さんは、船の帆を張るとか、色々大事なお仕事、してたじゃないですか。…………ワタシと違って…………。」



 レイリーリャは思わず両手を振ってヌ=エンビの言う事を否定する。そして自分の言った言葉で、船酔いで寝込んでいた事を思い出し沈み込んでしまう。



「……そういうオノレも『大事なお仕事してた』。ワシと違いは無い。


 …………大事で無いなぁならテグドァウテグドラウチーコォチーコロなど、海に放っぽいていいな。」



 ヌ=エンビは振り返りレイリーリャを見ている。その皺だらけの顔の右の口許に薄笑いを浮かべる。



「おいおい。オレを見捨てるのかよッ。体形は似てるかもしれねーけど、ブイ(浮き)じゃねーぞ。」



 テグドラウは苦笑いを浮かべながら、ヌ=エンビにツッコミを入れる。



「……チーコロのヤツは、海水で頭冷やして、少し反省させた方が良いけどよ……。」



 テグドラウの目許に浮かぶ笑みが収まり、薄い皺が眉間に現れる。



「……アザラシさん達は大切な人達です。放って良いワケなのありません……。」



 レイリーリャはヌ=エンビのこの主張と振る舞いに、反論はせずにこう同意する。そう言いながら、心の中の重く沈ませる物が溶けて無くなるような感覚を感じる。両耳は上を向く。そして俯いた顔と肩も上がっていく。



「そうだ。程度に違いがあっても、大事な仕事は、大事な仕事だ。」



 ヌ=エンビの表情は元に戻っている。

 しかしこの時の声の調子は柔らかかった。


 漁船に向かって盛り上がる波頭が白く泡立つ。

 漁船は舳先を上げて寄せてくる白波を切った。

 


「…………ありがとうございます。大事な仕事は、大事な仕事ですね……。」



 レイリーリャは二人に向けて感謝する。

 そして心に記すように、ヌ=エンビの言葉を繰り返す。


 過去の先輩メイドから受けた仕打ちによる辛酸は、記憶から霧散出来てはいない。しかし自らの行動を二人には肯定的に受け入れて貰ったように思え、嬉しさと有り難さを感じる。身体の中に温かさが拡がっていくように感じ、尻尾が上がり左右に揺れている。



「……まだ港に着いてのぅ。油断すぅな。」



 ヌ=エンビは再び振り返ると、引っかけたロープを掴み作業を再開した。



「……はい。」



 レイリーリャはヌ=エンビを見つめ同意する。その言葉には力と感謝が籠もる。



「……おねーちゃん、悪ぃけど、このバカの様子見ててくれないか。大丈夫のような感じするけどな。」



 テグドラウはうつ伏せになったままの金髪男に顔を向け、レイリーリャにこう頼む。



「あのハサミ野郎を港まで曳いていくのに、ロープでこのフネと繋がなきゃいけないからな。」



 テグドラウは手鋏鮫の死骸を指さす。

 海上に曝け出すその白い腹の上に海鳥が二羽止まり、嘴でその腹をつついている。



「あの鮫、港まで運ぶ事出来るんですか?」



 レイリーリャは尋ねる。

 手鋏鮫の死骸はこの漁船と全長がほぼ同じ位の大きさで、この漁船ではそれを曳航する力があると信じられなかったのだった。



「そうだ。この船の上に載せるんじゃないから、運ぶのは大丈夫だな。……それにハサミ野郎をここで棄てるだなんて、もったいねぇ事しねぇよ。結構良い値で売れるんだぜ。」



 テグドラウは右の口許を引き上げ薄笑いを浮かべる。



「しっかも、焼いた新鮮なハサミの中の肉はぷりぷりして、特に旨ぇんだぜ。」



「そうなんですか。」



 レイリーリャはそれがどんな味か想像出来ていない。その味見を出来るとは期待していないので、その味について追求する程の関心はまだなかった。


 

「おねーちゃんも功労者なんだし、分け前は期待していいぞ。」



「本当にわたしも食べれるんですか?!」



 テグドラウの一言で、自分も食べる事が出来るという期待を持てるようになり、レイリーリャの声は昂り両目が見開き輝く。

 尻尾の毛も逆立ち上を向く。



「ああ、食わせてやる。漁民ギルドのヤツらにはオレが文句言わせねぇから。」



 テグドラウが口許に得意げな笑みを浮かべながら右腕の拳を握りしめ、右腕の筋肉の盛り上がりを見せる。



「どんな味なんでしょうね~。」



 レイリーリャは手鋏鮫を食べる事が現実味を帯びてどのような味か関心を持ち、うっとりしながら想像する。その目は陶酔の世界に入り浸り虚ろで、両口角は嬉しさで上がり、その声は浮かれ昂っている。



「楽しみにしてろよ。」



 テグドラウは重そうに腰を上げ立ち上がる。そうしながらレイリーリャの様子を見て、満足そうな表情を浮かべる。



「アザラシの…………テグドラウさん、大丈夫だとは思いますが、お気を付けてください。」




 レイリーリャはテグドラウに話しかけながら、ちゃんと名前で呼ばなきゃ失礼だと思い、名前を思い出して呼ぶ。そして言い終わると、きっちり行う事を意識しながら礼をした。礼をし終わった顔には、両頬が引き上げられた笑みが浮かんでいる。

 


「……やっと、ちゃんとオレの名前を呼んだか。現金だな。」



 テグドラウの眉間に皺が現れつつも、目許と口許に笑みが浮かんでいる。



「じゃ、行ってくるわ。」



 テグドラウはレイリーリャに片手を上

げると、船尾に向かって歩き始めた。他の船員達と何か話し合い、この船と繋がれたロープを三本握りると、船尾から海の中へ飛び込んだ。そして水飛沫を上げると手鋏鮫の元へ泳いでいった。


 波の音がする合間に、テグドラウが両脚で掻いて海水を叩き続ける音もする。

 テグドラウが引っ張る三本のロープは波に流され、弧を描くように海上でたわむ。



 

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。



著作者おだてりゃ 木に登り


ますます ハナシ 創り出す

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