第6話 出会い
「遠慮しないでね。なんでも頼んで。コーヒー、コーヒーでいいかな。オーケー。すみません!コーヒー二つ」
男は勝手に注文し、満足そうに水を飲み始めた。
どうにも、男のリズムに着いていけない。
コーヒーが運ばれてくると、ウエストポーチから名刺を取り出した。
「僕はこういう者だ。よろしくね」
名刺には『オカルト研究家 曽根 拓郎』と書かれている。
「お、小畑 保です」仕方なく名乗った。
「保君でいいかな?」そう言いながら、わきの椅子に置いた大きなボストンバッグをガサゴソとあさり、大きなノートとペンを取り出した。
「それで、いつから住んでいるんだい?」
曽根の唾が僕のコーヒーに小さな波紋を作った。
思わず、自分の水だけ、そっと彼から遠ざけた。
「四月からです」
曽根はそれをノートに書いた。
「ということはもう三か月くらいかな……。身体は大丈夫?体調が悪いとか、そういうとはない?」
僕は首を横に振った。
その後も根ほり葉ほり部屋のことを聞かれたが、思い当たる節はなかった。
「友達はいないの?遊びに来た人に何かあったとかは?」
「友達ですか?――すみません。そういう人はいなくて……」
『友達なし』曽根はそう書いた。
見ていて妙な気分になったが、気持ちを押し殺した。
ふいに不動産屋のことを思い出し、「そう言えば」と呟いてしまった。
ハッと気づいて、曽根の顔を見る。
黒縁眼鏡の奥で好奇が目が開き、ニヤッと口角が上がった。
その表情に身体が震えた。
「そう言えば、何?」曽根は腰を上げて、その顔を近づけてくる。
僕は背を仰け反らせて距離を取ったが、尚更に近づけてきた。
「教えてくれるよね……友達だもんね」
コーヒーの匂いに鯖の匂いが混ざって息苦しい。
それに、いつの間にか友達になっている。
「わ、分かりました。落ち着いてください!」
僕は、何とか落ち着かせようと曽根の顔の前に手を広げた。
ところが曽根は、ゆっくりとその手を払いのけ、
「いいから、早く」とまた顔を近づけてきた。
その様子に、隣の席にいた二人連れの女性は、顔をしかめながら席を立った。
援軍を失ったような気分になった。
「先週の休みの日なんですが……」仕方なく、上体を仰け反らせたまま僕は話を始めた。
曽根はその様子に満足したのか椅子に座り直した。
ホッとして僕も居住まいをただし、不動産屋が来た時の話をはじめた。
「なるほど。やっぱり噂は本当だったんだね。でも、なんで君には何もないんだ?」
「さあ……」僕はゆっくりと首を傾げた。
曽根は腕を組んで僕を睨んでいた。僕はいた堪れなくなり、目を逸らしてコップの水を飲んだ。
「悪いけど、僕を連れて行ってくれないか?」
唐突にそう言われ、僕は呆然と彼を見つめた。
すると、いきなりバッグに手を掛け、ノートとペンを仕舞いはじめた。
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、
「何してるの?――早く。君の部屋に行こう。友達を呼ぶのは当然だろ」
と、当たり前のように僕を見下ろした。
僕は、彼の顔を見上げるしかできなかった。
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