第43話 村人の青年、回顧して曰く
僕は、とある村の村長の息子で、六年前にワルバッド辺境伯に人質として領都エイビルベルグに連れて来られた。
けれど……、今では、これで良かったと思う。
今、僕は、学校を卒業して、会社の事務員になった。
勤めている会社は、東方鉄道公社……。
ワルバッド辺境伯領が誇りの、魔導列車の管理運営をする公社だ。
公社、つまりは、ワルバッド辺境伯の息がかかった会社なので、普通の会社よりも福利厚生がしっかりしていて、安定している。倒産することは、ワルバッド辺境伯領がなくならない限りはあり得ないと言われている。
その分、一般企業よりは賃金は少なめだが、安全さにお金を払っていると思えば問題はないかな。
一般企業だと倒産の危険があるから、中々大変らしいしね。
ワルバッド辺境伯は、半公務員の「公社」をいくつも持っているから、そこに身を寄せるのが一番安定するね。
本当は「辺境伯領銀行」に行きたかったけれど、あそこは流石に、「学校」の上の研究機関である「学院」で、経済学の学位がないと入社できない、エリートの居場所。僕には無理だ。
それに、給料が少ないと言っても、学校の卒業者なら初任給で二十五万イェン、ボーナス五十万イェンはする!十分な額だよ。
市民税と健康保険、それと、最近始まった老後積立金公社への支払いで手取りは二十万イェンくらいかな?
でも、独身寮の家賃は二万イェンと格安だし、社員食堂はタダ!寮母さんに頼めば洗濯もしてもらえる!
なので毎月、八万イェンほど実家に仕送りをしているんだ。実家には手紙も送っている。
イェンというのは、ワルバッド辺境伯の発行している国債だね。紙の形をしたお金のような物だから、みんな「紙幣」って呼んでいる。
確か、村では、村長である父親が、行商人に野菜や村でとれた家畜の皮とか、女の人達が織った布とかを売って、大体年に3000シルバーくらいを手に入れていた。
今のレートだと、5シルバーで1イェンくらいだから……、四十万シルバーか。最初は1シルバー300イェンとか言ってたんだけど、まあ、シルバーよりもワルバッド辺境伯の紙幣の方が信用があるから……。
……え?って言うか、四十万シルバーになるんだ。相当な額だなあ。
でもこれはしょうがないと思う。もう辺境伯領の都市圏では、シルバーよりイェンの方が標準だ。シルバーとかいうすり減った銀貨では、今はもう何も買えない。
今でも、田舎だとシルバーが使えるのかな?よく分からないや。もう六年も帰ってないからさ……。
とにかく、今日は出勤日だ。
早く起きなくては……。
朝起きて、水道の水で顔を洗って、髭を剃る。
シャツを着て、ズボンを履いて、革靴を履いて、ベストを着る。ハットを片手に、通勤カバンを持って外へ……。
そして、会社の前にあるダイナーへ。
ここは、会社と提携していて、社員証を見せると半値以下になるんだ。
たったの二百イェンで、トースト二枚とスクランブルエッグ、カリカリベーコンとオレンジ半分が食べられる。おまけに、食後のコーヒーも。
「すみません、新聞を」
「はいよ」
パッと朝食を済ませたら、ミルクと角砂糖二つを入れたコーヒーを楽しみつつ、新聞を読む。
学校で文字の読み書きを習い、国政や歴史、経済についても少し学んだ。
だから、書いてある意味が分かる。
ええと……、何々?
ワーウルフの族長が、保安局長に就任……か。
昔は魔族だ何だと大騒ぎだったけれど、実際、こうして同じ社会で暮らしていると、魔族でも人手は居れば居るだけ良いんだよなあ……。
僕は、道路掃除や低級工員のような汚れて大変な仕事や、保安官のような危険な仕事をしたくはない。
勉強したから分かるのだ。学さえあれば、他に選択肢がいくらでもあることを。
もちろん、そういう仕事をやってくれる人が居なきゃ、社会が上手く機能しないことも理解している。勉強したからね、差別をしても気分が良くなるだけで、別に豊かにはなれないと知っているんだ。
だから、その大変な仕事を代わりにやってくれるなら、まあ、魔族でも良いよなあ……。
兵隊さんは尊敬するし、騎士様に憧れていた時期もあったけれど、正直な話、命をかけて戦うよりも楽でやり甲斐のある仕事、いくらでもあるもんなあ。いや、兵隊さんは高級取りだし、名誉もあるし、除隊した時には色々な技術を覚えているから人気ではあるんだけども。
昔……、街に来る前は、村の中が世界の全てで、将来は畑を耕して暮らすものだとばかり思っていた。
けれど、学校で色々なことを学んで、考えは変わったよ。
世の中には、色々な仕事があるんだ。いや、ワルバッド辺境伯領には、かな?
でもとにかく、汗水垂らして低賃金で辛い仕事をするより、こうやって、文字の読み書きや計算能力を活かして、事務仕事をした方が、楽だし賃金も多い。
で……、新聞を返して、出社。
タイムカードというもので、出勤を記録。
これから八時間、仕事をする。
「おはようございます」
「ん、おはよう」
上司のダークエルフに挨拶する。
ダークエルフは頭がいいから、色んな会社で上の立場にいる。
実際に働くと、仕事がすごくできるから、上にいるのも仕方ないなと思うけど……、人間が上に立つのは難しいのかなあ?
いや、人間の工場長とか、商人上がりの社長とかも居るらしいし、努力次第だろうな。
かつての御用商人だったポッコ・ブンブクさんは、今では新大陸交易公社の社長になったらしいし、努力すれば亜人や人間も成り上がれる証拠だよね、これは。
そもそも、ダークエルフは領主様との癒着があるから、それもあるんだろうけれど。
僕も頑張って仕事の経験を積んで、昇進して、家族を持ちたいなあ。
仕事……。
僕は事務員で、担当部署は鉄道による運送関係だ。
貨物取扱所で、どの貨物をどの列車に乗せるのかを決める。
もちろん、重さや体積でどうやって差配するのか、既に基準が決まっているから、それを見ながら割り振るだけなんだけど。
積み込み自体は、力自慢のオークの人夫達がやる。あんな大きい鉄鉱石の山とか、僕が運んだら腰の骨が折れそうだよ。
それと、駅での物販についても色々とやる。
例えば、駅では、最近は缶コーヒーというものが流行っていて、これを切らすと皆が怒る。
コーヒー……、ワルバッド辺境伯領の庶民からお金持ちみんなが愛する飲み物。
昔はすっごく高価だったんだけど、最近は蒸気船で新大陸からコーヒー豆をいくらでも持って来れるようになったから、安くなって、一杯大体百イェン以下で飲める。
味は、苦味があるけれど、飲むと目が覚める感じがして、働く時にはピッタリだ。
これまた安くなった砂糖と、ミルクを入れてやれば、本当に美味しくなる。
このコーヒーを缶に詰めたものが今大人気なのだ。
忙しい労働者は、駅のホームで列車を待ちながら缶コーヒーを飲み、構内で売っているホットドッグやサンドイッチを食べる。もっとお金がないなら、コーンブレッドかな。
とにかく、コーヒーはワルバッド辺境伯領の市民達に欠かせないものだった。
だからこのコーヒー缶の在庫を切らさないように、各地の残量を確認して、足りないところに送るのだ。
送るものは多岐に渡る。
乾燥コーン、豆の缶詰、ランチョンミートにスパイス。鉄や弾丸、新聞に雑誌、布、石油。
この領地のモノの流通の一端を担うという仕事は、やり甲斐がある。僕の誇りだ。
仕事が終われば、会社と提携しているダイナーやバーで食事とお酒を愉しみ、寝る前に本を読み、休みの日は映画を観に行く。
仕事の休憩時間には、ダイナーでパンケーキを食べたり、タバコを吸ったりして休むし、同僚と話をしたりもする。
仕事は、やりながらも勉強をしている。理屈では分かっているけど、実際に現場で働かなくては分からないことや……、ミスをしてしまった時の対応方法。学ぶことはいくらでもあるのだ。
そうやって勉強して、経験を積めば、いつかは管理職になれるはず。
管理職になったら給料も上がる!そうしたら、お金を貯めて家を買って、学校時代から一緒だった恋人と結婚して……!
ああ、この上なく、人生は充実している……!
領主様、僕を人質に取ってくれてありがとうございます!
……いや、勉強したから分かるけど、多分僕これ、人質じゃないな?
純粋に、事務仕事ができるくらいの人材を増やしたかっただけなんじゃないかな……?
僕の同級生には普通にオークとかワーウルフとか居たし、今でも学校は分校がどんどんできていて、色々な種族の、それこそ大人だって入学している。
やっぱり、農民だけじゃいつまで経っても豊かになれないんだよね。民に学がないとさ。
……え?領主様?「教育が終わったなら、村に帰れ?」って?
……や、やだやだやだ!嫌です!
今更、土に塗れて、朝から晩までお金にならない上に辛い野良仕事なんかしたくないです!
街がいいです!街に居たいです!ちゃんと働くのでここに置いてください!村になんて帰りたくない、親の顔なんて見れなくていい!僕はここに居た方が幸せなんです!!!
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